第96話:光の中へ
光に、包まれていた。
温かい。
柔らかい。
どこまでも、優しい光。
これまで、塔の中で感じた、どんな感触とも、違っていた。
塔の、冷たい石。
血の、鉄の匂い。
剣を握る手の、痺れ。
全てが、遠ざかっていく。
代わりに、光が、全身を、満たしていく。
体が——光に、溶けていく感覚。
痛みが、消えていった。
疲労が、消えていった。
傷が、消えていった。
全てが、ただ、光の中に、溶け込んでいく。
意識が、遠のく中で——。
様々な光景が、脳裏を、流れていった。
最初の召喚の夜。
塔に、落とされた瞬間。
最弱の、単調斬りを、授かった時。
翔と、初めて、槍を合わせた日。
葵が、魔法を、初めて、俺に向けて、発動しようとした時。
美咲が、弓を構えて、俺たちに、合流した日。
十五階層の、クロノス戦。
初めての、全滅。
二周目の、やり直し。
壁に、自分でメッセージを、刻んだ瞬間。
仲間に、初めて、ループを、告白した夜。
三周目の、決着。
四周目の、男との邂逅。
記憶の廻廊で、遥斗の寝顔を見た時。
五周目の、仲間への告白。
破壊神を、倒した時。
男との、最終決戦。
鎖を、斬った瞬間。
全てが——走馬灯のように、流れていく。
そして——男の、最後の表情。
光に、溶けながら、わずかに、口元を、緩めた顔。
「全部、終わった」
俺は、心の中で、呟いた。
何度も、繰り返した、この旅。
反復、反復、反復の、果てに——俺は、ここに、辿り着いた。
隣に、翔がいる。
葵がいる。
美咲がいる。
四人で、光の中に、溶けていく。
「ありがとう」
誰にとも、なしに、呟いた。
仲間への、感謝。
塔への、感謝。
そして——あの、男への、感謝。
何百年も、縛られていた、孤独な男。
その男が、最後に、俺に、「行け」と言ってくれた。
解放されて、光に、溶けていった。
俺も、今、同じ光の中に、いる。
意味のある、光だった。
意識が、薄れていく。
でも、恐怖は、なかった。
代わりに、何かを、取り戻していく感覚。
遥斗の顔が、はっきりと、浮かんだ。
「兄ちゃん、いつ帰ってくるの?」。
いつも、そう聞いてくれた、声。
「今、帰る」
俺は、心の中で、答えた。
「今、帰るから、待ってろ」
光が、さらに、強くなった。
体の感覚が、完全に、消えた。
でも、不思議と、不安はなかった。
この光の先に、遥斗がいる。
その確信だけが、俺を、支えていた。
「翔——」
意識の端で、呼びかけた。
「葵——」
「美咲——」
三人の返事は、聞こえない。
でも、三人が、隣で、同じ光に、溶けていく気配は、感じた。
四人で、ここまで、来た。
四人で、今、帰る。
それだけで、十分だった。
意識が、完全に、途切れる。
直前に——もう一度、遥斗の顔が、浮かんだ。
笑顔だった。
「兄ちゃん、おかえり」。
遥斗の声が、聞こえた気がした。
それが、俺の、最後の、記憶だった。
光が、全てを、包む。
塔の、全ての重みが、消える。
剣の、全ての軋みが、消える。
戦いの、全ての痛みが、消える。
代わりに——懐かしい、何かの気配だけが、近づいてくる。
工場の、ライン作業の、単調な音。
キッチンで、鍋が、煮える音。
遥斗の、小さな、寝息。
それら全てが、俺を、優しく、迎え入れてくれていた。
——帰れる。
そう、確信した。
不安は、なかった。
男が、塔で待ち続けて、失ったもの。
俺は、それを、失わなかった。
遥斗の顔を、最後まで、覚えていた。
仲間の顔を、ずっと、見ていた。
だから、帰れる。
それが、男と、俺の、違いだった。
光の中で——意識が、完全に、溶けていく。
でも、それは、消失ではなかった。
移動、だった。
塔から、現実へ。
戦いから、日常へ。
俺は、戻っていく。
ただ、戻っていく。
そこに、遥斗がいる。
その確信だけが、光の中で、俺を、導いてくれた。
翔の気配が、隣にある。
葵の気配が、隣にある。
美咲の気配も、隣にある。
四人で、一緒に、帰る。
そう、思えた。




