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第94話:塔が崩れる

塔の崩壊が、加速した。


広間全体が、激しく、揺れる。


壁が、大きな塊となって、落ちてくる。


床が、所々、裂け始めていた。


「蓮、走れ——!」


翔が、叫んだ。


俺は、男を、もう一度、見た。


男の体が、光に、溶けていく。


足先から、腰から、胸から——消えていく。


その表情は、穏やかだった。


「行け」


男が、もう一度、言った。


俺は、頷いた。


「ありがとう、ございました」


短く、礼を言った。


男が、わずかに、頷いた。


その顔が——少しだけ、笑ったように、見えた。


あるいは、気のせいかもしれない。


でも、俺には、そう見えた。


「走るぞ」


俺は、仲間に、叫んだ。


翔が、頷く。


葵が、杖を拾う。


美咲が、弓を背負う。


四人で、広間の奥——次の階段に、向かって、走り出した。


塔が、激しく、崩れていく。


天井から、大きな石が、次々と、落ちてくる。


壁が、一瞬ごとに、崩れ落ちる。


床が、波打つように、揺れる。


俺は、走りながら、一度だけ、振り返った。


男の姿は——ほぼ、消えていた。


上半身の、ほんの少しだけが、まだ、広間に、残っている。


男の、唇が、動いた。


何かを、言っていた。


——何を、言ったのか。


塔の崩れる、轟音で、聞こえなかった。


男の唇の動きを、読み取ろうとした。


「あり……がとう」


そう、言っているように、見えた。


あるいは、「さようなら」だったかもしれない。


あるいは、別の、名前のような、言葉だったかもしれない。


確信は、持てなかった。


でも——男の顔は、安らかだった。


光の粒子が、男の最後の一片を、飲み込んでいく。


男が、完全に、消えた。


「蓮、止まるな——!」


翔が、俺の腕を、引っ張った。


俺は、前を、向いた。


四人で、階段を、駆け上がる。


九十六階層、九十七階層、九十八階層、九十九階層——。


数字が、あっという間に、過ぎていく。


塔の崩壊は、どんどん、加速していた。


葵の杖が、折れかけた。


翔の槍も、穂先が、曲がっていた。


美咲の弓の弦も、切れかけている。


俺は、砕けた剣の柄だけを、手に持っていた。


それでも、俺たちは、止まらなかった。


走った。


走った。


ただ、走った。


頂上が、近づいていた。


百階層——帰還の門。


その先に、答えがある。


男の、言葉が、耳に、残っていた。


「頂上まで、行け。門を、開けろ。そして——誰の顔を、思い浮かべながら、帰れるかを、確かめろ」


俺は、遥斗の顔を、思い浮かべた。


朝、寝起きで「おはよう」と言う顔。


学校から帰って「今日ね、」と話し始める顔。


夜、眠そうに「おやすみ」と呟く顔。


全部、鮮明だった。


薄れていない。


「大丈夫だ、俺は」


俺は、小さく、呟いた。


「忘れてない」


翔が、隣を走りながら、笑った。


「当たり前だろ」


葵が、走りながら、頷いた。


「私たちも、忘れてません」


美咲も、短く、言った。


「行きましょう」


四人で、最後の階段を、駆け上がった。


目の前に——巨大な扉が、現れた。


【帰還の門】。


百階層の、頂上。


塔の崩壊は、まだ、続いていた。


背後の階段が、次々と、崩れ落ちていた。


もう、後ろへは、戻れない。


帰還の門だけが、目の前にあった。


俺は、息を、整えた。


翔も、葵も、美咲も、息を切らしながら、門を見上げた。


誰も、言葉が、出ない。


ここまで、来た。


その事実が、ようやく、実感として、胸に、降りてきていた。


六周、ループした。


十万回を、超える、反復。


仲間と、男と、無数の戦い。


全ての、果てに——。


この扉が、今、目の前に、ある。


翔が、葵が、美咲が、俺の横に、立っていた。


四人の、呼吸が、揃っていた。


誰も、言葉を、発していない。


それでも、四人の意志は、一つだった。


「開けよう」


俺が、短く、言った。


翔が、頷いた。


葵も、頷いた。


美咲も、頷いた。


俺たちは、同時に、扉に、近づいた。


これで、終わる。


この長い旅が、ここで、終わる。


俺は、扉に、手を伸ばした。


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