第91話:鎖を斬る②
十二本目の鎖を、斬った。
ガキィィィン!
塔が、大きく、揺れた。
壁の一部が、ひび割れる。
床から、黒い粉が、噴き出す。
「塔が、壊れ始めてる」
美咲が、立ち上がっていた。
「管理者の力が、弱まってるから」
葵も、杖を杖代わりに、立ち上がる。
「塔が、反応してる」
翔が、槍を握って、男の周囲を、見回した。
「蓮、敵が湧くかもしれない」
俺は、頷いた。
「頼む」
十三本目。
鎖を、斬る。
男が、膝をつく。
その表情に、人間らしさが、戻ってきている。
目に、光が、宿っている。
口元に、ほんのわずかな、感情の陰が、浮かんでいる。
男が、俺を、見た。
何かを、言いたそうだった。
でも、言葉が、出てこない。
何百年もの、沈黙。
それを、ほどくには、まだ、時間が要るのかもしれない。
「もう少しだ」
俺は、男に、そう言った。
「あと数本、斬ったら、終わる」
男が、わずかに、頷いた。
十四本目。
鎖を、斬る。
俺の剣の亀裂が、さらに、広がった。
柄の部分が、軋んでいる。
刀身のひびが、根本まで、広がりつつある。
「蓮、大丈夫か」
翔の声が、心配そうだった。
「大丈夫だ」
俺は、答えた。
でも——。
剣が、あと、何撃、持つか、分からなかった。
十五本目。
鎖を、斬る。
男の表情が、明らかに、緩んだ。
十六本目。
鎖を、斬る。
男の体から、漆黒のオーラが、少しずつ、薄れていく。
塔が、激しく、揺れた。
「蓮——!」
翔が、叫んだ。
天井から、大きな石が、落ちてきた。
俺は、横に跳んで、避けた。
石が、床に、砕ける。
塔が、最後の抵抗を、始めている。
「急いでくれ」
美咲が、冷静に言った。
「塔が、完全に崩れる前に、終わらせて」
俺は、頷いた。
十七本目の鎖に、剣を振るう。
——。
剣の、柄に、大きな亀裂が走った。
刀身の、三分の一が、欠けた。
「蓮——剣が!」
翔が、叫んだ。
俺は、欠けた剣を、見た。
残された刀身は、もう、半分ほど。
でも、まだ、振るえる。
「続ける」
俺は、短く、答えた。
十七本目の鎖を、斬り終える。
ガキィィィン!
十八本目。
斬る。
塔が、さらに、揺れた。
広間の壁が、大きくひび割れ、一部が、崩れ落ちた。
葵が、頭を、腕で守る。
「まだ、鎖があるんですか、蓮さん」
「……あと、数本だ」
俺は、時間加速斬で、もう一度、男の体を見た。
あと、三本。
三本の鎖が、男を、塔に、縛っている。
「もう少し」
俺は、言った。
「もう少しで、あなたは、解放される」
男が、俺を、見た。
その目に、初めて——。
人間らしい、感情の輪郭が、はっきりと、浮かんでいた。
哀しみ。
喜び。
感謝。
希望。
全てが、混ざったような、複雑な目。
男の口が、動いた。
言葉は、まだ、出ない。
でも、俺には、伝わった気がした。
——ありがとう、と。
俺は、剣を、握り直した。
壊れかけの剣。
でも、最後まで、振るう。
残り、三本の、鎖。
次の一撃に、全てを、賭けた。
翔が、俺の肩に、手を置いた。
「行け、蓮」
「……ああ」
葵が、杖を、握りしめた。
美咲が、弓を、背負い直した。
全員の視線が、俺に、集まっていた。
俺は、剣の柄を、握り直した。
ひびだらけの、刀身。
でも、まだ、振るえる。
あと、三本の、鎖を、斬るまで——持つ。
いや、持たせる。
「最後まで、付き合え」
俺は、自分の剣に、呟いた。
プロローグの、あの日。
俺は、この剣を、最初に、握った。
単調斬り、という、最弱のスキルと共に。
それから、ここまで——。
何度も、斬り、何度も、振るい、何度も、反復した。
剣は、俺と、一緒に、成長してきた。
二万回の、単調斬り。
数え切れないほどの、四連鎖。
そして——五連鎖。
最後の、役目が、近づいていた。
剣が、砕ける。
それは、もう、避けられない。
でも、悔いは、ない。
最後の鎖を、斬るまで、一緒に、戦えば。
俺は、柄を、強く、握りしめた。
次の鎖へ、向かう。




