第90話:鎖を斬る①
最初の鎖に、剣を、振り下ろした。
「単調斬り!」
一撃目。
剣が、鎖の表面に、当たる。
——硬い。
これまで斬った、どの装甲よりも、硬い。
だが、反復20,000回の、単調斬り。
鎖に、亀裂が走った。
「疾風斬!」
二撃目。
亀裂が、広がる。
「回転斬!」
三撃目。
鎖の、半分が、裂ける。
「崩壊斬!」
四撃目。
鎖が、断ち切れた。
ガキィィィン!
漆黒の鎖が、壁から、切り離される。
壁の奥から、低い、呻き声のような音が、響いた。
塔の、声のような、音。
男の体から、一本の鎖が、消えた。
その瞬間——男の表情が、わずかに、緩んだ。
感情の、欠片が、戻ってきたような顔。
まだ、言葉にはならない。
でも、確かに、何かが、男の中で、動いた。
「一本、斬れた」
俺は、短く、呟いた。
翔が、息を呑んだ。
「本当に、見えないけど、音がしたな」
「ああ」
「続けてくれ、蓮」
俺は、頷いた。
二本目の鎖に、向かって、剣を、振るった。
単調斬り、疾風斬、回転斬、崩壊斬。
四連鎖。
鎖が、断ち切れる。
ガキィィィン!
三本目。
四連鎖。
ガキィィィン!
四本目。
五本目。
次々と、鎖を、斬っていく。
塔が、呻いている。
壁の脈動が、激しくなる。
床が、震える。
天井から、石の粉が、落ちてくる。
「塔が、嫌がってる」
美咲が、冷静に言った。
「鎖を斬られるのを、嫌がってる」
「構うな」
俺は、続けて、鎖を、斬った。
【反復回数:20,500回】
システムメッセージが、視界に、浮かんだ。
二万五百回。
反復の、積み上げが、鎖を、貫く力になっていた。
男は、目を、閉じていた。
苦痛を、こらえているような顔。
でも——同時に、解放されつつある顔。
鎖が、一本、斬れるたびに——男の体から、何かが、ほどけていく。
六本目。
七本目。
八本目。
鎖が、半分ほど、斬れた。
俺の剣に——亀裂が、走り始めた。
反復20,000回超の、過度な負荷。
剣が、限界に、達している。
「蓮——」
翔が、俺の剣を見て、声を上げた。
「剣が、割れてきてる」
俺は、剣を、見た。
刀身に、ひびが、走っていた。
柄の部分も、少し、軋んでいる。
「持つか、この剣……」
呟いた。
「まだ、斬れる」
俺は、剣を、握り直した。
次の鎖に、向き直る。
九本目。
十本目。
鎖を、斬っていく。
塔の脈動が、さらに、激しくなる。
壁が、鳴動している。
床が、大きく、揺れた。
男が、膝を、つき始めた。
鎖が、残り少なくなっている。
塔との繋がりが、弱まっている。
「あと、もう少しだ」
俺は、自分に、言い聞かせた。
十一本目の鎖を、斬る。
だが——剣の亀裂が、大きくなった。
もう、長くない。
剣が、砕ける前に——全ての、鎖を、斬る。
十二本目。
さらに、斬る。
ガキィィィン!
男が、わずかに、体を震わせた。
鎖が、減るほど——男の、人間らしさが、戻っていく。
目に、感情の輪郭が、少しずつ、濃くなっていく。
口元が、微かに、動き始めていた。
何かを、言おうとしているようにも、見えた。
「もう少しだ」
俺は、男に、言った。
「もう少しで、終わる」
男が、わずかに、頷いた。
初めての、応答。
俺は、次の鎖へ、剣を、振るった。
鎖が、斬れるたびに——男の、存在感が、変わっていく。
最初は、ただの、無機質な気配だった。
それが、少しずつ、人間らしい、温度を、帯び始めていた。
男の胸のあたりに、わずかに、呼吸の動きが、見える気がした。
これまで、男は、呼吸していないように見えた。
でも、今は、確かに、呼吸している。
鎖が、減るほど、男が、生き返っていく。
その現象に、俺は、静かに、感動していた。
反復で、積み上げた剣が、誰かを、救うために、振るわれている。
その事実が、胸の奥を、熱くした。
反復は、人を、傷つけるためだけにあるわけではない。
反復は、人を、救うこともできる。
工場のライン作業で、家族を養った時のように。
何度も、何度も、同じことを繰り返す中で、誰かを、支えることができる。
その、俺の能力の、本質を——今、証明している。




