第87話:最終決戦⑤『それでも届かない』
無限コンボを、何度も、叩き込んだ。
単調斬り、疾風斬、回転斬、崩壊斬——また、単調斬り。
途切れない、四撃の循環。
男の鎧に、亀裂が、どんどん広がっていく。
肩の装甲が、砕け散る。
胴体の装甲に、大きな裂け目が走る。
だが——男は、まだ、倒れない。
剣を振るう動きが、止まらない。
「こいつ——」
翔が、隣で息を切らす。
「本当に、倒せるのか」
「倒す」
俺は、歯を食いしばった。
「もう一発、入れる」
無限コンボを、また、発動する。
だが——俺の体が、限界に近い。
剣を握る手が、痺れていた。
反復20,000回を超えた身体は、もはや、悲鳴を上げている。
それでも、俺は、止まらない。
葵が、最後の氷結連鎖を、発動した。
「『氷結領域』——!」
男の足元に、氷が、広がる。
男の動きが、一瞬、鈍った。
その隙に、俺が、無限コンボを叩き込む。
ガキン、ガキン、ガキン、ガキン。
男の鎧が、さらに、割れる。
だが——男は、まだ、立っている。
翔が、最後の連続突きを放つ。
美咲が、最後の矢を、放つ。
葵が、残った魔力を、振り絞る。
それでも、届かない。
決定打が、出ない。
やがて、翔が、膝をついた。
「悪い、蓮……もう、動けない」
葵が、魔力を、完全に使い果たす。
杖が、手から、滑り落ちた。
美咲も、矢筒を、完全に空にした。
弓を、床に置く。
三人が、次々と、戦線から離脱していく。
俺だけが、立っていた。
無限コンボを、何度も、発動していた。
でも——男は、倒れない。
男の剣が、俺を、吹き飛ばした。
床を、転がる。
剣を、杖のように使って、立ち上がった。
男は、俺の前に、剣を構えていた。
——そして。
剣を、振り上げた。
止めを、刺す構え。
俺は、目を、閉じなかった。
男の目を、見た。
——やはり、敵意は、なかった。
男の剣が、俺の首に、向かって、振り下ろされる——。
止まった。
男の剣が、俺の首の、寸前で、止まった。
斬らない。
やはり、斬らない。
俺は、男を、見上げた。
荒い息の中で、ようやく、声を、出した。
「あなたは——本当に、俺たちを、倒したいのか」
男は、答えない。
ただ、俺を、見下ろしていた。
その目に——初めて、揺らぎが、あった。
感情らしきものが、そこに、浮かんでいた。
哀しみ。
あるいは、疲労。
あるいは、望みのような、何か。
俺は、続けた。
「あなたは、俺たちを、見ている。何百年も、この塔で、誰かを、待っていた」
男の剣が、わずかに、震えた。
「帰る理由を、忘れてしまった。帰る場所を、忘れてしまった。でも、誰かが、あなたを——ここから、解放してくれるのを、待っていた」
男が、剣を、下ろし始めた。
ゆっくり、ゆっくり。
戦闘の構えが、解けていく。
「違うなら、言ってください」
俺は、低く、言った。
男は、答えない。
ただ——剣を、完全に、下ろした。
鞘に、収めない。
だが、俺を斬る構えでは、もう、なかった。
広間に、静寂が、戻った。
翔が、倒れながら、俺を見上げた。
葵が、半分閉じかけた目で、こちらを見た。
美咲が、荒い息の中で、頷いた。
俺は、剣を、握り直した。
まだ、終わっていない。
でも——道筋が、見えた。
男が、何を、望んでいるのか。
それが、分かった。
男は、倒されたいのではない。
解放、されたいのだ。
何百年も、塔に、縛られていた男。
その鎖を、斬ってくれる、誰かを、待っていた。
そのために、挑戦者を、試していた。
強さだけではなく、鎖に気づける観察力を、持っているかを。
そして、鎖を、斬る覚悟があるかを。
俺は、剣を、握り直した。
「あなたの鎖を、斬ります」
男が、ゆっくりと、俺を見た。
目に、ほんのわずかな、感情が、浮かんでいた。
それが、何なのかは——まだ、分からなかった。
でも、敵意では、なかった。
安堵か。
あるいは、感謝か。
それとも——希望か。
男の、剣は、もう、下がっていた。
戦闘は、止まっている。
広間が、静寂に、包まれている。
塔の脈動だけが、遠くで、響いていた。




