第85話:最終決戦③『仲間の意地』
戦闘が、長引いていた。
翔は、肩で息をしている。
葵の魔力は、ほぼ尽きかけている。
美咲の矢も、残り少ない。
俺も、体の疲労が、限界に近づいていた。
反復18,000回でも、相手が——この男では、どうしようもない。
それでも、誰も、諦めなかった。
男が、再び、時間停止を発動した。
翔と葵の体が、動かなくなる。
俺は、時間加速斬で、かろうじて動く。
男が、俺に向かって、歩いてくる。
——その時。
時間停止で、動けないはずだった、翔が——震えながら、立ち上がった。
「——!?」
俺が、目を疑った。
翔が、時間停止の中で、動いている。
いや、正確には——動こうとする意志が、体の動きを、微かに押し出していた。
ゆっくり、本当にゆっくりと、翔が、槍を構え直す。
「蓮、に……攻撃、機会を——」
翔の、かすれた声が、時間停止の中で、聞こえた。
葵も、震えながら、魔法を発動しようとした。
「氷、結……」
詠唱が、完成しないまま、氷のかけらが、男の足元に生まれた。
美咲も、矢を、弓に番えようとしていた。
四人の意志が——時間停止の中でも、かろうじて、体を動かしていた。
男が、それを見て、一瞬、目を見開いた。
「……!」
時間停止が、解ける。
翔が、全力で叫んだ。
「蓮、今だ——!」
俺が、飛び込む。
時間加速斬。
世界が、スローモーションになる。
——その時、俺は、見た。
男の体に、巻きついているものを。
漆黒の、鎖。
何本も、何本も。
男の首に、両腕に、胴体に、足に——太い鎖が巻きついていた。
その鎖は、塔の壁へと、伸びていた。
「あれは……なんだ」
俺が、攻撃の直前に、硬直した。
時間加速斬の効果が、切れる。
男の剣が、俺を、吹き飛ばす。
衝撃で、俺は壁に叩きつけられた。
「蓮!」
翔が、叫ぶ。
葵が、倒れた。
美咲も、倒れていた。
俺も、剣を杖にして、かろうじて立ち上がった。
視界が、揺れる。
——でも、見た。
あの、鎖。
漆黒の、鎖。
男を、塔に、縛りつけているような、鎖。
「……あれが、全てだ」
俺は、低く呟いた。
翔が、荒い息で、こちらに這ってくる。
「蓮、何を見た」
「鎖だ」
俺は、短く答えた。
「あの男の体に、漆黒の鎖が、何本も巻きついてる。それが、塔と繋がってる」
翔が、目を凝らした。
「……見えないぞ、俺には」
「時間加速斬で、スローモーションになった時だけ、見える」
俺は、剣を握り直した。
男は、広間の中央で、静かに、剣を構えていた。
追撃しない。
ただ、俺たちを、見ている。
「あの鎖が」
俺は、翔に言った。
「あいつを、ここに、縛りつけているんじゃないか」
翔の目が、見開いた。
「……縛りつけ?」
「塔が、あいつを、縛ってる」
翔が、しばらく、沈黙した。
やがて、ぽつりと、呟いた。
「だから、帰れないのか」
「そうかもしれない」
俺は、頷いた。
胸の奥に、熱いものが、こみ上げてきた。
「試している」のではない。
男は——助けを、求めていた。
自分を、ここから、解放してくれる存在を。
何百年も、待っていたのかもしれない。
俺は、剣を握り直した。
立ち上がる。
まだ、終わっていない。
今度は——戦い方を、変える。
倒すのではない。
あの鎖を、斬る。
それが、男の望みなのかは、まだ、確信できない。
でも、あの鎖があるなら——斬る価値は、ある。
翔が、俺の隣に、這ってきた。
「鎖、どの辺にある?」
「首、両腕、胴体、両足。全部で、十数本ある」
「十数本、か」
翔が、息を、吐いた。
「全部、斬るのか」
「斬る」
俺の覚悟は、固まっていた。
男を、解放する。
塔を、終わらせる。
そして、頂上へ行く。
そのために、必要なことが、見えた。
もう、迷わない。
仲間が、限界を超えて、俺に攻撃機会を作ってくれた。
その覚悟に、俺は、応えなければならない。
翔の「盾になる」という覚悟。
葵の、最後の魔力を振り絞った攻撃。
美咲の、最後の矢。
三人の全てを、受け取って、俺は、次の一手に、進む。




