第84話:最終決戦②『時間操作の極致』
男が、一歩下がった——直後に。
「『時間圧縮』」
短い、呟き。
次の瞬間——俺たちの体が、動かなくなった。
時間圧縮。
体の周囲の時間だけが、極端に引き延ばされる。
自分の動作が、異常に遅くなる感覚。
翔が、槍を振り下ろす途中で、止まる。
葵が、詠唱の途中で、止まる。
美咲の矢が、空中で、止まる。
俺の時間加速斬と、相殺される形で——俺だけが、わずかに動ける。
「くそっ——」
男が、歩いて、翔に近づく。
時間圧縮された翔は、微動だにできない。
男の剣が、翔の首に、向けられる。
「翔——!」
俺が、叫ぶ。
——。
男の剣は、翔の首の、寸前で、止まった。
斬らなかった。
男が、剣を引いた。
そのまま、葵にも、美咲にも、近づく。
どちらにも、剣を突きつけて——斬らなかった。
俺のところに来た時、男が、俺の目を、真正面から見た。
その目に、敵意は、なかった。
「試している、ね」
男が——小さく、口元を動かした。
「その通りだ」
時間圧縮が、解ける。
翔が、葵が、美咲が、動き始めた。
男は、一歩後退した。
「……今のは、何だよ」
翔が、震える声で、言う。
「俺、斬られると思った」
「斬らなかった」
俺は、短く答えた。
「やっぱり、あいつは、俺たちを殺さない」
葵が、息を、吐いた。
「でも——じゃあ、なんで、戦うんですか」
「資格を、見ている」
美咲が、落ち着いた声で言った。
「頂上への、資格」
「資格って、強さ?」
葵が、聞き返す。
「違うわね」
美咲が、男を見ながら続ける。
「強さなら、もう、蓮さんで十分に示されている。あの人は、それ以外のものを、見ている」
俺は——男を、見つめた。
男が、ゆっくりと、剣を構え直した。
「もう一度、試させてもらう」
男が、また、同じ言葉を言った。
俺たちは、剣を構えた。
戦闘が、再開する。
男の動きは、異常に速い。
時間を、自在に操る。
停止。
巻き戻し。
加速。
圧縮。
これまで俺たちが対峙した、全ての時間操作を——男は、一人で、使いこなした。
クロノスの、数倍の規模。
クロノスの、数倍の精度。
「こいつ——時間操作の、極致だ」
俺は、歯を食いしばった。
男の時間停止を、時間加速斬で、辛うじて破る。
その一瞬に、四連鎖を叩き込む。
だが、届く前に、男が時間巻き戻しで、位置を変える。
俺の攻撃が、空を切る。
男の剣が、俺の脇腹に、切り込んだ。
血が、噴き出す。
「蓮——!」
翔の声。
俺は、床を転がって、避けた。
男は、追撃しない。
ただ、俺たちを、見ている。
——本当に、殺す気はない。
でも、戦いは、本気だ。
矛盾した、戦闘。
葵が、魔力を振り絞って、魔法を発動した。
「『氷結領域』!」
氷が、広間全体に広がる。
男の動きが、わずかに、鈍った。
「今だ——!」
翔が叫んで、連続突きを放つ。
美咲が、矢を放つ。
俺が、時間加速斬を、全力で発動した。
四人の攻撃が、同時に、男に届く——直前。
男が、ふっと、消えた。
気配が、消える。
時間を、また、操った。
次の瞬間、男は、広間の別の場所に立っていた。
俺たちの、全力の攻撃が、空を切った。
「……どうすれば、届くんだ」
翔が、絶望の声を漏らす。
俺は、歯を食いしばった。
届く方法が、あるはずだ。
男の、目。
殺さない、という意思。
「試している」という、姿勢。
何かを、見逃している気がした。
男を、もう一度、見る。
敵意のない、目。
殺さない、剣筋。
追撃しない、動き。
なぜ、男は、こちらに向かって、剣を振るう必要があるのか。
試すだけなら、もっと、別の形があるはずだ。
何か、理由がある。
男が、自分から、俺たちに向かってくる理由が。
その理由を、見つけないと、この戦いは、終わらない。
俺は、歯を食いしばった。
次の攻撃に、備えた。
男の、剣筋を、見る。
その動きの中に、何かが、あるはずだ。
時間操作が、圧倒的だ。
それは、間違いない。
でも、それだけなら——男は、最初から、俺たちを、一撃で殺せたはずだ。
なのに、そうしない。
何かが、男を、制約している。
その制約を、見つけることが——この戦いを、終わらせる、鍵だった。




