第82話:正体
男が、踏み込んだ。
速い。
時間加速斬を発動する暇も、ない。
俺の剣と、男の剣が、ぶつかった。
ガキィン!
鉄と鉄の、重い音。
両手に、衝撃が、突き抜けた。
男の一撃は——反復18,000回の俺の受けを、押し込んでくる。
五周目までの、共闘で見せていた剣筋とは、別次元だった。
「くっ——」
俺が、押し負ける。
そこに、翔が、突っ込んだ。
「連続突き!」
槍が、男の脇を狙う。
だが、男は、俺を押しながら、槍を躱した。
片手で、俺を。
もう片手で、翔を。
二方向への対応を、同時にこなしていた。
「『氷結連鎖』!」
葵の魔法が、男の周囲に、氷を生む。
男は、氷を一瞬で斬り裂いた。
氷が、粉々に砕ける。
美咲の矢が、連続で飛ぶ。
男が、矢を、剣で全て払い落とした。
一本も、届かない。
「嘘だろ……」
翔が、息を切らして、後退した。
男は、剣を構え直した。
その動きは、優雅で、迷いがなく、圧倒的だった。
俺は——男を、見た。
この、剣筋。
この、時間操作。
この、圧倒的な強さ。
そして——柊の、最期の言葉。
「頂上には、あいつがいる」。
柊が、勝てないと言った存在。
——その「あいつ」は、目の前にいる男だった。
俺は、確信した。
「あなたが——」
息を、整える。
「あなたが、番人だったのか」
男は、答えない。
ただ、剣を振るい始めた。
次の一撃が、俺を襲う。
俺は、かろうじて、受けた。
「『時間停止』」
男の、短い呟き。
世界が、完全に、止まった。
翔の槍が、空中で止まった。
葵の魔法が、詠唱の途中で止まった。
美咲の矢が、弓の上で止まった。
俺だけが、時間加速斬で、かろうじて、わずかに動けた。
それでも、動きは、ほぼ止まっている。
男が、俺に近づく。
剣が、俺の首に、迫る。
——。
ガキィン。
自分の剣で、辛うじて、受けた。
時間停止が、解ける。
仲間の動きが、戻った。
翔が「こいつ……さっきまでと、全然違う……!」と叫ぶ。
葵が、顔を蒼白にしていた。
「番人って——」
葵の声が、震えていた。
「塔を、守る存在ってこと?」
美咲が、冷静に分析した。
「頂上への門を、守っている。だから、私たちと、戦うんだ」
翔が、歯を食いしばった。
「助けてくれてたのに、なんで——なんで、戦わなきゃいけないんだ!」
男は、答えない。
だが——男の目に、敵意は、なかった。
俺は、それに、気づいた。
斬りつけてくる剣筋は、本気だ。
時間操作も、本気だ。
俺たちを、殺しにかかっている——はず、なのに。
男の目は、冷たくなかった。
何かを、確認している目。
何かを、試している目。
「あなたは」
俺は、剣を合わせながら、低く言った。
「俺たちを、殺そうと、していない」
男が、一瞬、目を細めた。
答えない。
だが——否定もしなかった。
「翔、葵、美咲」
俺は、仲間に、短く呼びかけた。
「あいつは、俺たちを試している。本気だが、殺しに来ていない」
「試す?」
翔が、聞き返す。
「最後の、関門なんだ」
俺は、剣を構えた。
「頂上に上がる資格があるかを、試している」
葵の息が、詰まった。
「それ、って」
「ここで、倒すしかない」
俺は、断言した。
「倒して、頂上に行く」
男が、再び、剣を構え直した。
その目に——ほんのわずかに、肯定の色が、浮かんだ気がした。
「試させてもらう」
男が、もう一度、同じ言葉を、呟いた。
今度は、戦闘開始の合図だった。
俺たち四人と、番人。
九十五階層の広間で、最終決戦が、本格的に始まった。
俺は、剣を握り直した。
反復20,000回に、もうすぐ届く。
まだ、届いていない。
でも、この戦いの中で、届く気がしていた。
ここで、届かせる。
届かせて、決める。
この男が、番人であっても、塔の管理者であっても——俺たちは、頂上に行く。
それだけは、もう、決まっていた。
翔が、俺の隣に、並んだ。
葵も、少し震えながら、杖を構え直した。
美咲は、黙って、矢を番えた。
四人の、覚悟が、揃った。
男が、再び、剣を振るう。
俺たちも、一斉に、動いた。




