表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
82/98

第81話:95階層・見知った背中

九十五階層。


階段を登り切った瞬間——塔の脈動が、最も激しくなった。


ドクン、ドクン、ドクン。


心臓の鼓動のような音が、壁全体から響いている。


床が、微かに震えている。


天井から、黒い砂のような粉が、時々落ちてくる。


空気が、重かった。


「ここが……頂上に、最も近い場所か」


翔が、槍を担ぎ直す。


葵が、息を呑んだ。


「なんか、恐ろしい場所ですね」


美咲は、弓を構えていた。


俺は、広間を見渡した。


広い、石造りの空間。


天井は、見えないほど高い。


壁には、これまで見たどんな模様よりも、強い漆黒の血管が、脈動していた。


そして——広間の奥に、人影があった。


銀髪。


背中。


見知った、あの背中だった。


「あ」


翔が、声を上げた。


「またあいつだ」


警戒を、緩めかける。


葵も、安堵した顔で、頷いた。


「助けてくれる人ですよね」


俺は——動かなかった。


美咲も、動かない。


美咲の目が、鋭く、男の背中を捉えていた。


男は、こちらに背を向けたまま、立っていた。


ゆっくりと——振り返る。


いつもの、無表情。


いつもの、傷一つない佇まい。


でも。


何かが、違った。


男の目が、俺を見た。


これまでの、感情の薄い目ではなかった。


何かが、そこにあった。


——決意。


——覚悟。


——そして、ほんの微かな、哀しみ。


男が、静かに、口を開いた。


「よく来た」


短い、言葉。


だが——これまでで、一番、言葉が多かった。


「生き残ったか」「覚えていない」「お前たちは頂上を目指すか」「あったかもしれない」。


それらの、どれよりも、意味が重い「よく来た」だった。


翔が、首を傾げた。


「よく来た、って……なんで、あんたが出迎えるんだ」


男は、答えない。


ただ、俺を、じっと見ている。


俺は、剣の柄に、手をかけた。


美咲も、矢を番えていた。


葵が、不安そうに声を上げた。


「な、なんで、警戒してるんですか。この人、助けてくれる人なのに——」


「葵」


俺は、短く言った。


葵が、俺を見る。


「——下がってろ」


その言葉の意味を、葵が一瞬で理解した。


葵の顔が、蒼白になった。


「え……え、どういう」


「翔、槍を」


翔が、一瞬、俺を見て——それから、槍を構え直した。


「……マジかよ」


翔の声が、掠れていた。


男は——剣の柄に、ゆっくりと、手をかけた。


これまで、何度も見た動作。


戦闘前の、静かな構え。


だが、その矛先は——俺たちに、向けられていた。


「あの」


葵が、震える声で呼びかけた。


「あの、助けてくれる、ん、ですよね」


男は、答えない。


ただ、剣を——ゆっくりと、抜いた。


鞘から、刃が、すっと、現れる。


九十五階層の薄暗い光の中で、刃が、わずかに反射した。


美咲の弓が、ギリッと、音を立てた。


俺は、剣を抜いた。


「俺の、直感」


俺は、低く言った。


「あいつは、ただの挑戦者じゃない」


翔が、頷いた。


葵は、まだ混乱していた。


美咲は、矢を放てる状態で、男を睨んでいた。


男は、剣を構えた。


そして、低く、言った。


「試させてもらう」


その言葉を——俺は、聞いたことがあった。


四周目の、七十階層手前。


あの時、俺たちは、一分も持たずに、全滅した。


だが、今回は、違う。


俺は、反復18,000回の身体を、持っている。


仲間も、六周目で、これまでで最強の連携を、完成させている。


「試させてもらう?」


俺は、男の言葉を、繰り返した。


「こっちも、試させてもらう」


剣を、構え直した。


男の目が——わずかに、細くなった。


来る。


九十五階層の広間で、最終決戦が、始まろうとしていた。


塔の脈動が、激しく、広間を揺らした。


壁の漆黒の血管が、強く、脈打っている。


まるで、塔自身が、この対峙を、待ち望んでいたかのように。


俺は、男の目を、見た。


男も、俺の目を、見ていた。


どちらも、言葉は、発しなかった。


でも、互いに、次の動きを、予感していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ