第76話:謎の男との共闘③
八十三階層のボスは、異様な姿をしていた。
【深淵の侵略者 Lv45】
漆黒の鎧。
四本の腕ではなく、二本。
だが、体から伸びる複数の影の触手が、広間を覆っている。
触手の一つ一つが、武器になっていた。
戦闘が始まった瞬間、影が四方から襲いかかってきた。
翔の連続突きが、一つの触手を貫く。
だが、すぐ次の触手が伸びてくる。
切れば切るほど、新しい触手が生まれる。
「キリがない……」
葵が、息を切らしながら魔法を発動する。
「氷結領域」
周囲の触手が、一瞬で凍りつく。
だがその瞬間、本体の侵略者が、氷を砕いて飛び出してくる。
「蓮!」
翔の声に反応する前に——。
銀髪が、広間の入口から走り込んできた。
男。
いつもの、傷一つない佇まい。
男が、無言で侵略者に斬りかかった。
触手を、次々と斬り落としていく。
一振りで、複数本を断つ。
俺たち全員の動きを合わせたような、鋭い剣筋。
「共闘……してくれるのか」
翔が、声を漏らす。
男は、今までより長く、俺たちの傍で戦った。
——珍しい。
これまでの共闘は、短かった。
瞬間的に助けて、消える。
それが、男のやり方だった。
だが、今回は、違う。
一緒に、戦い続けている。
俺が、単調斬りを叩き込む。
その前後を、男が埋める。
翔が、連続突きで足止めする。
葵が、氷結連鎖で範囲を制圧する。
美咲が、遠距離から矢を刺す。
五人の連携が——成立していた。
「崩壊斬」
俺の、一撃。
侵略者の本体に、ひびが入る。
男が、その隙間に、剣を叩き込んだ。
刃が、深く食い込む。
侵略者が、崩れ落ちる。
【深淵の侵略者を撃破しました】
戦闘が、終わった。
広間に、静寂が戻る。
四人で、息を整える。
男は——剣を下ろしていた。
だが、まだ、去る気配がない。
俺は、剣を鞘に戻した。
そして、男に近づいた。
男は、俺を見ない。
広間の壁の、一点を見ている。
「あなたにも」
俺は、静かに口を開いた。
「帰る理由が、あったんじゃないですか」
男が、ほんの少し、肩を震わせた。
気のせいかもしれない。
でも、俺には、そう見えた。
「この塔に来る前。召喚される前。あなたにも、待っている誰かが、いたんじゃないですか」
男は、答えない。
長い、沈黙。
それから——男は、ゆっくりと、広間を出ていこうとした。
剣を鞘に収めながら。
振り返らずに。
俺は、その背中に、問いを投げた。
「あったんじゃないですか」
扉の前で、男が、足を止めた。
振り返らない。
顔も、見せない。
だが——男の口が、動いた。
「……あったかもしれない」
小さな、呟き。
ほとんど、風のような声。
それでも、確かに、俺の耳に届いた。
男は、そのまま、扉の向こうに消えていった。
足音は、しなかった。
扉が、静かに閉まる。
四人で、その扉を見つめていた。
誰も、喋らなかった。
「……あったかもしれない」
男の言葉を、俺は、頭の中で繰り返した。
「あった」でも、「なかった」でもなく——「あったかもしれない」。
覚えていないけれど、あったかもしれない。
そう、言っている気がした。
記憶が、薄れている。
でも、完全には、消えていない。
葵が、小さな声で言った。
「なんだか……寂しそうでした」
美咲が、静かに頷いた。
翔は、扉を見たまま、何も言わなかった。
俺も、何も言わなかった。
ただ、男の背中を、もう一度、思い返した。
「あったかもしれない」。
その重さを、四人で、受け止めていた。
翔が、息を、ゆっくり吐いた。
「……なんか、しんどい言葉だな」
「しんどいですね」
葵が、小さく頷く。
「あった、でも、なかった、でもなく——あったかもしれない、って」
美咲が、静かに言った。
「覚えてない人間が、自分の過去を語る言葉よ」
俺は、次の階段の方を、見た。
男は、もう、そこにはいない。
でも、男の残した言葉だけが、広間に、残っていた。




