第71話:76階層・塔の核へ
七十五階層クリア後。
四人で、傷を癒しながら、螺旋階段を登り始めた。
塔の脈動が、一気に強くなった。
ドクン、ドクン、と、以前とは比べ物にならない激しさで、壁が呼吸している。
まるで、破壊神を倒したことに、塔が怒っているような——。
葵が、壁に触れながら呟く。
「塔が、脈打ってる……」
翔が、顔をしかめる。
「気持ち悪いな」
「生きているのね」
美咲が、静かに言った。
「それも、もう、隠そうともしていない」
七十六階層。
階段を登り切ると、空気が変わっていた。
石の匂いに、鉄の匂いが、混ざっている。
あるいは、血の匂い——。
気のせいかもしれない。
でも、鼻の奥に、僅かに残る。
石造りの壁に、黒い模様が浮かび上がっていた。
まるで、血管のような、漆黒の線。
壁の表面を、蛇行しながら走っている。
敵も、これまでと異質だった。
塔の一部が、そのまま切り離されて、敵として湧いてくる。
形は、人型、獣型、ただの塊。
全てが、塔の石と、漆黒の血管で構成されている。
「この塔は、本当に生き物だ」
俺は、敵を斬りながら、低く呟いた。
翔が、横で敵を突き刺しながら、答える。
「だよな。俺もそう思ってた」
敵の体が、倒れると、塔の壁に吸い込まれていく。
塔が、自分の一部を、食べている。
あるいは、再吸収している。
「戦っても、戦っても、キリがないな」
翔が、敵を槍で貫きながら、愚痴る。
「でも、この敵、経験値にはなるわよ」
美咲が、冷静に矢を放つ。
「経験値?」
「ステータス上は、ちゃんとレベルが上がってる」
翔が、自分のステータスを確認する素振り。
「おー、本当だ」
葵も、確認する。
「私、いつの間にかLv40まで上がってます」
「俺もLv38だ」
俺は、何も言わなかった。
反復回数で強くなる俺には、レベルの概念が、いまいち分からない。
でも、仲間が強くなるのは、いいことだ。
七十七階層、七十八階層、七十九階層。
三日で、一気に突破した。
戦闘は、これまでにない過酷さだった。
敵の数が多く、一体一体が強い。
だが、反復9,500回超の俺と、連携を完成させた仲間の力で、押し通した。
七十九階層クリア後の、休息の間。
泉のそばに、四人で座り込んだ。
翔が、息を切らしながら言った。
「……これ、頂上が近いんだよな」
「あと二十一階層」
俺が、短く答えた。
葵が、壁に背を預けたまま、呟いた。
「壁のメッセージ、覚えてますか。『31階層から塔の性質が変わる』って」
「ああ」
「変わり続けて、ここまで来ました」
葵が、壁を見上げた。
黒い血管のような模様。
脈打つ壁。
「この塔の、核心に近づいている。そう、感じます」
美咲が、頷いた。
「それも、もうすぐ辿り着くってことよ」
俺は、天井を見上げた。
上に、まだ二十一階層ある。
八十階層。
九十階層。
九十五階層。
百階層。
百階層には、帰還の門がある。
その手前に、何がある。
塔の核心。
そして——。
あの男。
「……頂上には、何があるんだ」
俺は、ぽつりと呟いた。
翔が、笑って答えた。
「行ってみりゃ分かる」
「ああ」
俺は、頷いた。
行ってみる、以外に方法はない。
ここまで来て、止まる理由もない。
葵が、立ち上がった。
「行きましょう」
「疲れは取れたか?」
「大丈夫です」
葵の目に、迷いはなかった。
美咲も、立ち上がる。
翔も、槍を担いだ。
「頂上まで、行くぞ」
俺も、剣を背負った。
四人で、次の階段を登り始めた。
塔の脈動が、さらに激しくなる。
壁が、震える。
床が、微かに揺れる。
天井から、石の粉が、わずかに落ちてくる。
塔が——怯えているのか。
怒っているのか。
あるいは、こちらを、待ちわびているのか。
分からない。
ただ、一つだけ、確かなことがあった。
——もうすぐ、全てが分かる。
その確信だけが、俺の胸にあった。
階段を、一段、また一段、登る。
上に。
ただ、上に。
四人の足音が、塔の脈動に、重なっていった。




