第70話:75階層・四腕の破壊神③
膝を、ついていた。
破壊神が、四本の武器を、振り上げている。
次の一撃で——俺は、死ぬ。
視界が、揺れる。
周囲を見渡すと、倒れた仲間が見えた。
翔が、血まみれで横たわっている。
葵が、動けないまま、俺の方を見ている。
美咲が、立ち上がろうとして、膝をついている。
「蓮……」
葵の声が、小さく聞こえた。
「蓮さん……」
俺は、剣の柄を握りしめた。
力が、入らない。
指が、震えている。
——もう、無理なのか。
そう、思った瞬間。
脳裏に、遥斗の顔が浮かんだ。
朝、寝起きで目を擦りながら「おはよう」と言う顔。
学校から帰って「今日ね、」と話し始める顔。
夜、眠そうに「おやすみ」と呟く顔。
初めて自転車に乗れた時、満面の笑みで俺を見上げた顔。
熱を出して、布団の中から弱々しく「兄ちゃん」と呼んだ顔。
運動会の徒競走で一位になって、得意げに走ってきた顔。
「兄ちゃん、いつ帰ってくるの?」。
いつも、そう聞いてくれた。
——帰らなきゃ、いけない。
そう、思った。
帰れない、では、済まされない。
俺が、ここで倒れたら。
遥斗は、どうなる。
また、独りぼっちで、目を覚ますのか。
朝ごはんを、誰が作るのか。
宿題を、誰が見てやるのか。
夜、誰が「おやすみ」と言ってやるのか。
——ここで、倒れるわけには、いかない。
震える脚に、力を込めた。
立ち上がった。
破壊神を、見上げる。
「単調斬り」
声に、出した。
一撃目。
体が、勝手に動いた。
「疾風斬」
二撃目。
「回転斬」
三撃目。
「崩壊斬」
四撃目。
そして——。
「時間加速斬」
五撃目。
世界が、スローモーションになる。
破壊神の、四本の武器の動きが、止まる。
その中で——俺は、五連鎖を叩き込んだ。
単調斬りから時間加速斬まで。
一瞬の、途切れもなく。
五つの、剣の軌跡が、破壊神の胴体に重なった。
ガギン!
ザシュ!
バキ!
ドゴォン!
ズガァン!
結晶の装甲が、完全に、砕け散った。
破壊神の核が、露出する。
俺は、最後の全力で、剣を振るった。
崩壊斬。
核に、叩き込む。
——貫いた。
破壊神の、巨大な体が、ぐらりと揺れた。
そして、崩れ落ちていった。
【四腕の破壊神を撃破しました】
広間に、静寂が戻った。
【反復回数:9,500回突破】
システムメッセージが、視界に浮かんだ。
俺は、剣を、床に突き立てた。
そのまま、倒れ込んだ。
体が、動かない。
仰向けに、寝転がる。
天井の暗闇を、見上げる。
しばらく、誰も動かなかった。
やがて——翔が、かすれた声で言った。
「……勝ったのか」
俺は、天井を見つめたまま、答えた。
「ああ」
「マジかよ」
翔が、ゆっくり身を起こす。
「75階層……突破したのか、俺たち」
葵が、震える声で笑った。
「……生きてる。私たち、生きてますよね」
美咲が、立ち上がって、俺のそばに来た。
俺の体を、確認する。
「血が、多いわね」
「……生きてる」
俺は、短く答えた。
美咲が、珍しく、わずかに笑った。
「そのようね」
翔が、俺の隣に座り込んだ。
「……プロローグで見た光景だ」
俺が、呟く。
「え?」
「いや」
誤魔化した。
プロローグ。
俺が、塔に召喚された最初の夜。
いつか、この日に辿り着くと、予感していた光景。
五連鎖で、破壊神を撃破する。
——その場面を、俺は、どこかで見ていた気がした。
記憶じゃない。
でも、どこかで。
不思議な感覚だった。
四人で、広間の中心に、しばらく倒れていた。
壁の脈動が、少しだけ、落ち着いている気がした。
塔が、息を止めているような感覚。
「……行こう」
俺が、短く言った。
立ち上がった。
まだ、上がある。
頂上まで、あと二十五階層。
剣を、鞘に戻した。
体は、まだ震えていた。
でも、次の階段を、登らなければならない。
翔が、槍を担いだ。
葵が、杖を拾った。
美咲が、弓を背負った。
四人で、ゆっくりと立ち上がった。




