第66話:四度目の全滅
七十階層手前の、通路。
四人で、階段を登り続けていた。
塔の脈動は、もはや、常に感じられるほど強い。
壁の石が、微かに呼吸している。
——そして、通路の先に、人影があった。
銀髪。
俺が、立ち止まる。
「あの男だ」
翔が、警戒を緩めた。
「ああ、いつもの奴か」
葵が、少し笑う。
「今回は、一緒に戦ってくれるんでしょうか」
だが。
美咲だけが、動かなかった。
美咲の目が、鋭くなっている。
「違う」
美咲が、低く言った。
「様子が、違う」
俺も、同じことに気づいていた。
男は、壁に背を預けていない。
広間の奥に立っているわけでもない。
通路の中央に、真っ直ぐ立っている。
そして、剣の柄に、手をかけている。
こちらに向かって。
「……なんで」
翔が、声を漏らした。
男が、剣を抜いた。
静かな声で、言った。
「試させてもらう」
その瞬間——空気が、凍りついた。
男が、動いた。
速い。
これまで、男が戦う姿を、俺は何度も見てきた。
だが、今回の動きは、それらとは別次元だった。
——本気だ。
俺の時間加速斬も、発動する隙がない。
剣が、俺の脇腹を切り裂いていく。
「っ——!」
血が、飛ぶ。
「蓮!」
翔が、槍を構えて突っ込んでくる。
男が、翔の方を向いた。
そして——時間が、止まった。
視界の中で、世界が完全に凍りついた。
翔の槍が、空中で止まっている。
葵が、詠唱の途中で止まっている。
美咲の矢が、弓の上で止まっている。
俺は——かろうじて、時間加速斬の効果で、わずかに動けていた。
時間停止。
クロノスとは、比べ物にならない規模。
クロノスの時間停止は、数秒だった。
男のそれは、広間全体を、完全に静止させている。
「あいつ……」
俺が、歯を食いしばる。
時間加速斬を、全力で発動し続ける。
だが、押し負ける。
男の時間停止の中で、俺だけが辛うじて動ける状態。
そこに、男の剣が、俺に迫る。
「くそっ——」
俺が、剣で受ける。
重い。
受けた瞬間、両腕の感覚が飛んだ。
「蓮、逃げろ——!」
翔の声が、動き始める。
時間停止が、解ける。
だが、遅い。
男の次の一撃が、翔を襲う。
翔が、吹き飛ばされた。
葵が、魔法を唱えるが、間に合わない。
氷結領域が、男の周囲に生まれる前に、男は氷の壁を剣で斬り裂いていた。
美咲の矢が、次々と放たれる。
全弾、男の剣に弾かれる。
一分も、経っていなかった。
四人が、次々と膝をついていく。
俺が、最後に残った。
「なんで」
血を吐きながら、問う。
「なんで、俺たちを……」
男は、答えなかった。
ただ、淡々と、剣を振り上げる。
——最後の一撃。
俺の意識が、遠のいていく。
仲間の顔が、視界の端で消えていく。
翔が、倒れている。
葵が、倒れている。
美咲が、倒れている。
「……遥斗」
声に、出した。
また、会えない。
その悔しさだけが、最後に残った。
——。
目を開けると、三階層の休息の間だった。
【反復回数:約8,500回。ループ5回目】
壁には、俺が刻んだメッセージが、四つ並んでいる。
三つ目までは、前回までに刻んだもの。
俺は、ゆっくり立ち上がった。
拳を握りしめる。
壁に、新たなメッセージを刻む。
【4周目全滅。男が試してきた。70階層手前。──朝倉蓮】
【あいつの時間操作はクロノスより強い。本気なら一分も持たない。──朝倉蓮】
刻み終わって、壁を一度、強く殴った。
石の感触が、拳に返ってくる。
「……あいつが、何者なのか」
声に、出した。
「もうすぐ、分かる」
確信があった。
あの剣の柄の模様。
碑の記録。
「帰ろうとは思わない」という沈黙。
記憶の廻廊で、何も見えなかった姿。
そして、今回の「試させてもらう」。
全てが、一本の線に、繋がろうとしている。
俺は、剣を鞘に戻した。
五周目の塔攻略が、始まった。
今度こそ。
今度こそ——俺たちは、あいつに追いつく。




