第64話:謎の男との共闘②
六十五階層の、広間。
重い空気。
塔の脈動が、さらに強くなっている。
中央に、ボスが待ち構えていた。
【虚空の捕食者 Lv40】
黒い霧のような体。
形は、人型に近いが、輪郭が常に揺らいでいる。
侵食者に、似ている。
だが——違う。
侵食者は、スキルを消した。
こちらは、もっと別の、異質な力を持っている気配がある。
「来るぞ!」
翔が、叫ぶ。
捕食者が、動いた。
こちらに、拳を振るう。
俺が、剣で受ける——はずだった。
剣が、当たる前に、軌道が歪んだ。
剣の切っ先が、空を切る。
「なっ……」
俺が、後退する。
捕食者の周囲——空間そのものが、歪んでいる。
こちらの攻撃の軌道が、ねじ曲げられる。
「『氷結連鎖』!」
葵の魔法も、歪む。
氷の壁が、捕食者の背後で生まれた。
「『炎矢乱舞』!」
美咲の矢も、歪む。
全弾、捕食者を避けるように曲がった。
翔の連続突きも、届かない。
「時間加速斬」
俺が、発動する。
世界が、スローモーションになる。
その中で、空間の歪みが見えた。
捕食者を中心に、空間が渦を巻いている。
——この歪みを、突破しないと、攻撃が通らない。
俺の一撃が、歪みの渦を、辛うじて貫く。
切っ先が、捕食者の体に、かすかに届いた。
だが、浅い。
時間加速斬の効果が切れる。
また、歪みが戻る。
——。
そのとき、広間の入口から、足音が響いた。
静かな、でも迷いのない足音。
振り返る前に、俺には分かった。
「あの男だ」
銀髪が、広間の光に揺れる。
傷一つない、いつもの佇まい。
腰に、見慣れた細身の剣。
男が、広間に入ってきた。
捕食者が、男の方を向く。
男は、無言で、剣を抜いた。
そして、踏み込んだ。
——空間の歪みが、通じていない。
男の剣は、真っ直ぐ、捕食者に届いていた。
まるで、歪みそのものを、無効化しているかのように。
ザン、と。
捕食者の体に、鋭い裂傷が走る。
「えっ……」
翔が、唖然とする。
「なんで、あの人の攻撃だけ」
葵が、呟いた。
俺は、男の剣を、じっと見た。
あの柄の模様。
二十五階層の碑の模様と、同じ。
やはり——。
「四人とも、俺の剣筋に合わせろ!」
男は、何も言わない。
俺が、仲間に指示を出した。
翔が頷く。
葵が杖を構え直す。
美咲が矢を番え直す。
男が、再び捕食者を斬る。
その切り口——歪みが薄くなる瞬間——に、俺たちが攻撃を重ねる。
俺の時間加速斬。
翔の連続突き。
葵の氷結連鎖。
美咲の炎矢乱舞。
四人の攻撃が、男の斬撃の後に、次々と通っていく。
捕食者が、膝をつく。
俺は、戦いながら、男に問いかけた。
訊くのは、間違っているかもしれなかった。
戦闘中に、質問するのは愚かだ。
気を取られたら、死ぬ。
それでも、訊かずにはいられなかった。
「なぜ、助けてくれるんですか」
男は、答えない。
剣を振るう、その動きだけが、淡々と続く。
「あなたは、何者なんですか」
答えない。
ただ、剣を振るう。
戦闘の合間に、一度だけ、目が合った。
男の目に、感情はなかった。
それでも、その目は——俺を、見ていた。
知っている、とも言いたげな目。
あるいは、覚えていないが、何かを感じている、とも言いたげな目。
俺は、何かを言おうとして——言えなかった。
戦闘の最中に、訊くことじゃない。
そう、自分に言い聞かせた。
「崩壊斬!」
俺の一撃が、捕食者の核を砕く。
【虚空の捕食者を撃破しました】
広間に、静寂が戻った。
男が、剣を鞘に戻す。
そして、踵を返した。
「待ってください!」
俺が、声を上げた。
男は、振り返らない。
扉の向こうへ、消えていく。
足音すら、残さずに。
翔が、呆然としていた。
「今回も、何も喋らなかったな」
葵が、静かに呟く。
「でも、助けてくれた」
美咲が、男が去った扉を見つめていた。
俺も、その扉を見ていた。
何も、言わずに。
訊きたいことは、山ほどあった。
なぜ、助けるのか。
何者なのか。
どこから来たのか。
でも、男は、一つも答えずに消える。
それなら——いつか、答えざるを得ない状況を作るしかない。
そう、胸の奥で、決めた。




