第63話:60階層・塔の鼓動
五十五階層の通路で、それは現れた。
三周目で、俺たちのスキルを「消した」存在。
迂回するつもりだったが、その迂回路は、塔そのものに塞がれていた。
進むしか、なかった。
【侵食者・Lv44】
灰色の体は、輪郭が滲んでいる。
形が、少しずつ崩れては、また組み直される。
「来るぞ」
俺が、剣を構えた。
翔が、槍を斜めに構える。
葵が、杖の先に氷の球を浮かせる。
美咲は、矢筒の上端に指をかけた。
侵食者の腕が、伸びた。
——スキルを、消そうとしている。
その瞬間、俺は四連鎖を発動した。
時間加速斬で先に踏み込み、単調斬り、疾風斬、回転斬。
四撃を繋いだまま、敵の腕を斬り落とした。
「『氷結連鎖』!」
葵の氷が、侵食者の足を凍らせる。
動きが、半拍だけ止まる。
その半拍に、翔の槍が体の中央を貫いた。
美咲の矢が、頭部を撃ち抜く。
【侵食者を撃破しました】
灰色の体が、塔の壁に吸い込まれていった。
「……あっけねえな」
「四周目で、こちらの手数が増えた」
「三周目とは、別の戦いだったわね」
美咲が、矢筒に矢を戻した。
四人で、階段を登り続けた。
◆◇◆
六十階層に入った瞬間——違和感があった。
これまでと、空気が違う。
石造りの壁が、微かに脈動している。
目の錯覚か。
最初は、そう思った。
だが、壁に手を当てた瞬間——確信に変わった。
動いていた。
壁が、呼吸しているかのように、ゆっくりと収縮と膨張を繰り返している。
葵が、壁に近づいてきた。
「……塔が、生きてる?」
震える声。
翔が、壁に触れる。
「嘘だろ、本当に動いてる」
美咲だけが、無言で周囲を見回していた。
俺も、壁から手を離した。
動いている。
間違いなく、生きている。
「進もう」
短く、言った。
壁が、生きていても、進む以外に選択肢はない。
戻る道は、下にしかない。
下には、答えがない。
葵が、壁から手を離す。
翔が、槍を担ぎ直す。
美咲は、弓を背負った。
四人で、階段を登り続ける。
六十階層の敵は——これまでとは異質だった。
石造りの床から、何かが盛り上がる。
それが、徐々に形を成していく。
半人半石、とでも呼ぶべきか。
石の体に、肉のような筋が走っている。
まるで、塔の一部が、そのまま敵として湧いてきたような存在。
「……塔が、敵を作ってる?」
葵が、呟く。
「『氷結連鎖』!」
葵の魔法が、敵を凍らせる。
俺が、単調斬りで一撃。
割れる。
だが——割れた破片が、また塔の壁に吸い込まれていく。
敵の死体が、塔に戻る。
まるで、塔が敵を「消化」しているかのように。
「気持ち悪い」
翔が、低く呟いた。
戦闘を重ねるたびに、塔の脈動が、強くなっていた。
ドクン、ドクン、と。
まるで、こちらの戦闘を感知して、反応しているかのように。
四人で、階層を突破していく。
六十階層のボス戦は、短かった。
塔から湧いたばかりの、まだ安定していない存在。
俺の単調斬り一撃で、崩れ落ちた。
ボスの体が、砂のように、塔の壁に戻っていく。
【反復回数:7,500回突破】
システムメッセージが、視界に浮かんだ。
六十階層クリアの、休息の間。
泉のそばに座った瞬間、壁の脈動が——さらに強くなった。
ドクン、と、一度。
俺の心臓の鼓動と、重なるような感覚。
翔が、顔をしかめる。
「何だこれ、気持ち悪い」
「塔が、怒ってるみたいだ」
葵が、呟いた。
美咲が、壁に耳を当てた。
「音がする」
「音?」
「……生き物の心臓の音のような」
翔が、冗談めかして言った。
「塔さん、怒らないでください……」
誰も、笑わなかった。
俺は、壁に触れた。
確かに、脈打っている。
ドクン。
ドクン。
一定のリズム。
人間の心臓よりも、はるかに大きい。
ゆっくりで、重くて、巨大な生き物の鼓動。
耳を、澄ますほど——呑み込まれそうだった。
——この塔の中にいる俺たちは、生き物の腹の中にいる、獲物なのか。
あるいは、血液の一部なのか。
——この塔は、本当に生きている。
石造りの、ただの建築物じゃない。
一つの、巨大な生命体。
それが、確信になった。
「核心に、近づいているのかもしれない」
俺が、低く言った。
翔が、振り返る。
「核心?」
「この塔の、中心だ」
「中心って、頂上じゃないのか?」
「頂上は、出口だ」
俺は、静かに言った。
「でも、この塔を動かしている『何か』は、出口の手前にあるのかもしれない」
葵が、壁を見つめる。
「……塔が生きているなら、『心臓』があるってことですよね」
「そうだ」
「それが、どこかに」
「上に、行けば分かる」
俺は、立ち上がった。
剣を、背負う。
翔も、槍を取った。
葵も、杖を握る。
美咲も、弓を構え直す。
四人で、次の階段を登り始めた。
壁の脈動は、登るほどに、強くなっていった。
塔の奥深くへ。
俺たちは、塔の心臓へ、近づいている。
その確信だけが、はっきりと胸にあった。
翔が、先を歩きながら振り返った。
「蓮、前よりもどんどん顔が真剣になってるぞ」
「そうか」
「まあ、気持ちは分かるけどな」
翔が、笑って前を向く。
俺も、少しだけ、息を吐いた。
真剣になって、当然だった。
——ここから先は、全てが答えに直結する。




