第61話:四周目の加速
四度目の始まり。
目が覚めた瞬間から、俺は動いていた。
三階層の休息の間。
泉の水を飲み、壁に背を預けていた翔を、起こす。
「翔、行くぞ」
「……え、もう?」
眠そうに目を擦る翔。
三周目と、三度目以前と、全く同じ反応。
俺は、次に葵を起こした。
「葵、準備だ」
「はい……」
葵が、杖を取る。
仕草の一つまで、既視感がある。
——ループしても、変わらない。
美咲とは、まだ会っていない。
彼女と合流するのは、八階層を越えた先。
あと一日、二日の道のりだった。
俺は、壁の前に立った。
三階層の休息の間。
壁には、俺が刻んだメッセージが、四つ並んでいる。
一周目の記録。
二周目の記録。
三周目の記録。
そして、昨日、俺が新たに刻んだもの。
【3周目全滅。55階層の侵食者に注意。スキルを消される。──朝倉蓮】
指先で、その文字をなぞった。
五十五階層までは、絶対に行かない。
迂回ルートがあるはずだ。
最短で、七十階層まで行く。
計画は、決まっていた。
四度目の塔攻略が、始まった。
序盤の階層の雑魚は、一瞥だけで判別できた。
どの位置に、どんな敵が出るか。
罠の位置。
最短の進行ルート。
全てが、頭に入っている。
「翔、左だ」
「お、おう」
「葵、前から三体来る。氷で足止めしろ」
「はい!」
指示が、淀みなく出る。
敵が、瞬く間に片付いていく。
八階層を越えた先の通路で、見覚えのある背中が、敵を撃ち抜いていた。
黒髪、短く整えた後ろ姿。
警察官だった頃の身のこなしが、矢の構えに残っている。
——美咲。
四周目の彼女もまた、初めて俺たちと出会う顔をしていた。
「お前たち、強いわね。私も、行かせてもらえる?」
「ああ」
短い合流。
彼女の側からは、初対面。
俺の側からは、四度目だった。
四人の隊列が、また組み上がる。
翔が、戦闘後に振り返った。
「蓮、お前今日、機械みたいだぞ」
予想通りの台詞だ。
「そうか」
俺は、短く答えた。
葵が、笑いながら言う。
「でも、強いから助かります!」
これも、予想通り。
翔が、槍を担ぐ。
「助かるけどよ、たまに怖くなるぞ。全部先読みしてるみたいな動きだ」
「勘が冴えてるだけだ」
「それで済むかよ」
翔が苦笑する。
俺は、先を歩いた。
三日で、十階層。
この速度は、過去最速だった。
反復7,000回超の俺は、もはや十階層までの敵を、一人で掃討できる。
翔も葵も美咲も、援護すらほとんど要らない。
クロノスの、十五階層。
四周目のクロノスは——。
数分で、終わった。
四連鎖コンボの、たった三撃。
クロノスの装甲が砕け、核が露出し、崩壊斬で終わった。
翔が、唖然としていた。
「……終わり?」
「ああ」
翔が、信じられないという顔で、剣の柄を握ったまま、一歩下がった。
「強すぎだろ、お前」
俺は、剣を鞘に戻した。
葵が、嬉しそうに言う。
「蓮さん、本当に強くなりましたね」
俺は——何も、答えなかった。
強くなった。
反復7,000回。
俺の中で、積み重なり続けている。
でも。
仲間は、初めてなんだ。
翔が、クロノスを見るのは、初めて。
葵が、時間加速斬を見るのは、初めて。
美咲が、四連鎖を見るのは、初めて。
彼らにとって、全てが「最初の経験」だ。
俺だけが、これを「何度目か」として見ている。
二十階層を越えて、休息の間に着いた。
翔が、泉の水を飲みながら、いつもの冗談を口にした。
「なあ、次の階層の飯、どんな味かな」
葵が、笑う。
「翔さん、飯じゃなくて敵ですよ!」
「一緒だろ、食うか食われるかだ」
葵が、もう一度、笑う。
俺は——その光景を、静かに見ていた。
翔が、また同じ冗談を言う。
葵が、また同じように笑う。
俺だけが、これが何度目かを、知っている。
三周目でも、見た。
二周目でも、見た。
一周目でも、見た気がする。
同じ光景が、何度も繰り返される。
仲間の笑顔が、何度も同じ形で、俺の前に現れる。
——愛おしいと、思う。
でも、同時に、言いようのない寂しさがあった。
「蓮」
美咲の声が、俺を引き戻した。
振り返ると、美咲が俺の顔を見ていた。
「最近、また遠い目をしてるわよ」
静かな声。
三周目にも、同じことを言われた。
「……そうか」
俺は、短く答えた。
「無理しないで」
美咲が、それだけ言って、前を向いた。
何も、詰問しない。
何も、深く聞かない。
ただ、一言だけ、置いて去る。
——この人は、ループしても同じだ。
何周しても、同じように、俺を見てくれる。
何周しても、同じように、短く声をかけてくれる。
それが、少しだけ、温かかった。
俺は、水を飲む。
冷たい水が、喉を通っていく。
「……行こう」
立ち上がって、先を進んだ。
四周目の塔攻略は、過去最速で進んでいた。




