第59話:碑との一致
五十一階層を、攻略していた。
敵は、これまで通り。
特別な罠もない。
戦闘は、淡々と進んでいた。
四人の連携は、もはや完成している。
俺が前に出て、翔が脇を固める。
葵が魔法で範囲を制圧し、美咲が遠距離から援護する。
今までの反復の、積み上げ。
——だが、俺の頭は、別のことを考えていた。
四十二階層の、初共闘。
男が、無言で番人を斬った。
その剣。
細身の、見覚えのない剣。
柄の、模様。
——そうだ。
あの柄には、模様が刻まれていた。
銀色の地に、細い線で、剣のような模様。
一見、ただの装飾に見える模様。
見覚えがあった。
頭の中で、記憶が、一枚の絵に重なっていく。
あの日、俺は、碑の模様をじっと見た。
でも、その時は、他の挑戦者の名前に目が行って、模様の詳細までは覚えきれなかった。
ただ——剣を、象った模様だったことだけは、覚えていた。
細い線で、繊細に刻まれていた。
そして、昨日——男と、共闘した。
戦闘の合間に、男の剣の柄を、何度も視界に捉えていた。
銀色の地に、細い線で、剣を象った模様。
今、思い返す。
碑の模様と、全く同じだ。
二十五階層の、隠し部屋。
あの碑。
【召喚記録の碑】。
びっしりと刻まれた、過去の挑戦者の名前。
召喚日と到達階層。
その中に、一つだけ。
名前の代わりに、刻まれていた模様。
——同じだった。
あの碑の模様と、男の剣の柄の模様。
全く、同じ。
気づいた瞬間、俺の心臓が、一度だけ跳ねた。
「『氷結連鎖』!」
葵の声が、戦闘場に響く。
俺は、反射的に動いた。
敵の側面に回り込み、単調斬りで一撃。
戦闘が終わる。
翔が、槍を肩に担ぐ。
「蓮、今日はなんか、ボーッとしてるな」
「そうか?」
「ああ。普段なら一撃で決める敵に、二撃使ってた」
俺は、少し笑って誤魔化した。
「疲れてるのかもな」
翔が「そうか」と頷く。
深くは聞いてこない。
美咲が、静かに俺を見た。
何か言いたそうな目だった。
でも、言葉にはしない。
ただ、俺に「後で話すわよ」という程度の、短い視線を送っただけだった。
四人で、階段を登り始める。
俺は、一番後ろを歩いた。
頭の中で、点と点が、ゆっくりと繋がり始めていた。
碑の模様=男の剣の柄。
つまり——あの碑の記録は、男が書いたのか。
『何度登っても、塔は終わらなかった。それでも俺は登り続けた』。
この一文を、男が刻んだ。
何百年前かもしれない、あの石碑に。
——何百年前?
男は、もしかしたら。
ずっと、ここにいるのか。
何百年も。
ループを繰り返しながら。
あるいは、ループではなく、ただ生き続けながら。
そして。
記憶の廻廊で、男には何も見えなかった。
見せるべき記憶が、残っていないから。
二十一階層で、男は「覚えていない」と言った。
塔のことを覚えていないのか。
自分のことを覚えていないのか。
——自分のことを、なのかもしれない。
何百年も生きて、記憶が薄れきった人間。
そんな存在が、あり得るのか。
あり得るとすれば——。
俺は、仲間の背中を見た。
前を歩く翔、葵、美咲。
何も知らずに、笑いながら階段を登っている。
まだ、言わない。
確信がない、というのは、嘘だ。
確信は、ある。
でも——言葉にしたら、取り返しのつかないことが起きる。
仲間を、余計な恐怖に晒してしまう。
男が現れるたびに、四人の表情が変わってしまう。
——いつか。
いつか、あの男本人に、直接、訊く時が来る。
その時まで、黙っていよう。
俺は、剣の柄を握り直した。
冷たい感触が、指に戻ってくる。
前を歩く美咲が、一度だけ振り返った。
その目は「何かあったら言いなさい」と言っていた。
俺は、小さく頷いた。
「……今はまだ、だ」
声にはしなかった。
胸の奥で、そう、呟いた。
剣を握り直す。
次の階段が、上に伸びている。
五十五階層まで、あとわずか。
俺は、仲間の背中を見ながら、歩き続けた。




