第56話:50階層ボス『永劫の審判者』
階段を登り切った瞬間、空気が変わった。
広間の空気が、これまでの階層とは明らかに違う。
荘厳で、静かで、重い。
まるで神殿のような空間。
五十階層。
天井は高く、床は白い石。
広間の奥に——人型の存在が、静かに立っていた。
全身、白銀の鎧。
片手に、一本の長剣。
【永劫の審判者 Lv35】
審判者が、ゆっくりとこちらを向いた。
その瞬間——視界の端に、システムメッセージが浮かんだ。
【特殊ルール:相手と同じスキルしか使用できません】
「は?」
翔が、声を上げた。
「同じスキル、って……」
システムメッセージが、さらに続く。
【審判者の使用スキル:単調斬り】
「冗談だろ」
翔の顔が、蒼白になる。
「連続突きが使えないのか?」
「単調斬りだけで戦えって、どういうこと……」
葵も、杖を握りしめたまま立ち尽くしている。
美咲が、弓を構えたまま低く言った。
「全員、『単調斬り』しか出せないってことね」
俺は——静かに、剣を構えた。
むしろ、好都合だった。
俺の単調斬りは、反復5,000回超の、累積の結晶。
連続突きも、炎矢乱舞も、氷結連鎖も——今の俺には、必要ない。
ただの、一撃。
ただの、横薙ぎ。
それを、どこまで研ぎ澄ますか。
それが、俺の全てだ。
「翔、葵、美咲」
短く、仲間を呼んだ。
「俺が前に出る。援護は、無理にしなくていい」
「……無理にってお前」
翔が、眉をひそめる。
「俺たちの単調斬りは、まだ弱い。それは認める」
葵が、静かに頷く。
「でも、俺たちも撃つ。それは、変えるな」
翔の、迷いのない声。
俺は、少しだけ笑った。
「分かった。合わせてくれ」
単調斬り。
俺が最初に覚えた、最弱のスキル。
反復5,000回を超えた、俺の全ての土台。
「やってみる」
短く、そう言った。
審判者が、動いた。
一歩、二歩、三歩。
剣を上段に構え、振り下ろす。
その動きは——単調斬り。
一撃の、ただの横薙ぎ。
だが、速かった。
俺の剣が、その一撃を受ける。
ガキィン!
受けた剣が、重い。
レベル35の単調斬り。
今までに対峙したどの敵よりも、重い一撃。
「蓮!」
翔の声が響く。
俺は、受け止めたまま、足を踏ん張った。
「問題ない」
そのまま、剣を押し返す。
「単調斬り」
声に出して、俺が振るう。
一撃。
審判者の装甲に、斬撃が走る。
金属が、火花を上げる。
反復5,000回超。
俺の単調斬りは、もはや単調斬りではなかった。
速度。
精度。
重さ。
全てが、審判者の単調斬りを上回っていた。
「二撃目」
連続で、振るう。
ガギン!
装甲に、亀裂が入る。
審判者が、わずかに後退した。
その背中に、翔・葵・美咲も走り込む。
「単調斬り!」
翔の、初めて使う単調斬り。
連続突きに比べて、不慣れな振り。
それでも、装甲に小さな傷を付ける。
「単調斬り!」
葵の単調斬り。
杖での一撃。
これも慣れない。
「単調斬り」
美咲の単調斬り。
矢を番えずに、弓で叩くような動作。
それでも——全員が、確実にダメージを与えている。
俺の一撃が中核。
三人の一撃が援護。
審判者が、初めて膝をついた。
「行ける」
翔の声に、力が戻った。
俺が、剣を握り直した。
「最後の一撃」
審判者に向かって、走った。
一撃。
反復5,000回超の、最強の単調斬り。
ガギィン!
審判者の装甲が、砕け散った。
【永劫の審判者を撃破しました】
静寂が、戻った。
四人で、荒い息を吐いた。
翔が、槍を杖のように突いて、言った。
「単調斬りだけで勝つって……」
息を整えながら、少し笑う。
「お前の単調斬り、もう単調じゃないだろ」
俺は、少しだけ、剣を見下ろした。
反復5,000回超。
俺が最初に覚えた、最弱のスキル。
最弱じゃ、なかった。
翔が、俺の肩を叩いた。
「50階層、突破したな」
「ああ」
葵が、嬉しそうに拳を合わせる。
「審判者、倒せました!」
美咲は、珍しく口の端を上げていた。
四人で、広間の中央で、少しだけ、息をついた。
次の階段へ歩き出すには、まだ時間が必要だった。




