第39話:先人たちの末路
二十六階層で、生き残りと出会った。
最初に目に入ったのは、目だった。
虚ろな目。焦点が合っていない目。
挑戦者だ。
装備を身につけ、武器を持っている。
だが——明らかにおかしかった。
壁の前に座り込み、何かをブツブツと呟き続けている男。
魔石を両手で抱きしめ、誰かが近づくと威嚇する女。
通路の真ん中に立ち尽くし、どこも見ていない男。
「...なんだ、これ」
翔が足を止めた。
二十七階層に進むと、さらに多くの挑戦者がいた。
最初に召喚された頃に、見覚えのある顔もある。
だが——変わっていた。
「お前らはまだまともだな」
一人の挑戦者が、俺たちに声をかけてきた。
四十代くらいの男。痩せこけているが、目だけはまだ生きている。
「まだまとも...?」
「ここにいる連中を見ろ。ああなるんだよ。長くいると」
男が、周囲の挑戦者たちを示す。
「何のために登ってるか分からなくなる。ただ登ることだけが目的になっていく」
虚ろな目で、男は続けた。
「どうしてそうなるんですか」
葵が聞いた。
震える声で。
「塔に慣れすぎるんだ」
男が、泉の水を掬いながら言う。
「最初は帰りたかった。家族のところに。でも——登り続けてるうちに、元の世界のことが薄れていく。顔が思い出せなくなる。声が思い出せなくなる。気づいたら、塔の中が当たり前になってる」
「...」
「お前ら、誰か待ってる人はいるか?」
俺は頷いた。
「なら忘れるな。どんなことがあっても」
男がそれだけ言って、壁際に戻っていった。
四人で、顔を見合わせる。
「俺たちは変わってないよな」
翔が言った。
いつもより、真剣な目で。
「変わってないです」
葵が頷く。
「変わらないようにしないといけない」
美咲が言う。
「ああ」
俺が頷く。
遥斗の顔を、思い浮かべる。
丸い顔。小さな手。
「兄ちゃん、いってらっしゃい」と玄関で手を振る姿。
鮮明だ。
まだ——鮮明に覚えている。
「俺が俺でいられるのは、遥斗がいるからだ」
胸の中で、そう思った。
帰る場所がある。
待っている人がいる。
それを忘れた時が——本当の終わりだ。
「行こう」
俺が先に歩き出す。
四人で、螺旋階段を登る。
先人たちの末路は、警告だ。
だが——俺たちは、ああはならない。
帰る場所を——忘れない。
文字数:約2,200字
到達階層:26〜27階層
備考:塔で正気を失った挑戦者たちと遭遇。「塔に慣れすぎると元の世界を忘れる」という警告。蓮が遥斗の記憶を守る決意を新たにする




