第37話:謎の男、二度目
また、あの男がいた。
二十一階層。休息の間。
泉の近くで休んでいると、部屋の奥に人影が見えた。
壁に背を預け、ただ静かに座っている。
銀髪。紫がかった瞳。
傷一つない、完璧な佇まい。
「またあいつだ」
翔が小声で言う。
前回は螺旋階段ですれ違っただけ。
今度は——同じ部屋にいる。
「話しかけてみる」
俺は立ち上がった。
「蓮、気をつけて」
美咲が弓に手をかけたまま言う。
男に近づく。
三メートルほどの距離で立ち止まった。
「...どこまで登ったんですか」
聞いた。
男がゆっくりと顔を上げる。
紫の瞳が、俺を見る。
長い間。
「...覚えていない」
低い声だった。
感情が——薄い。
「覚えていない?」
「ああ」
「この塔のことが? それとも——」
言いかけた瞬間、男がすっと立ち上がった。
音もなく。流れるように。
「——」
その動きが、異常だった。
一切の無駄がない。人間の動きじゃない。
まるで——何千回、何万回と同じ動作を繰り返した者の動き。
俺の『反復の極意』と、同じ匂いがする。
男は俺の横を通り過ぎ、休息の間を出ていった。
振り返らない。
足音すら、聞こえない。
「覚えていないって何だよ」
翔が首を傾げる。
「なんか...感情が薄いですよね。まるで機械みたい」
葵が呟く。
美咲は何も言わなかった。
ただ、男が去った方向を見つめている。
俺だけが——男の去り際の背中を、目で追っていた。
あの動き。
あの感情の薄さ。
「覚えていない」という言葉。
そして——前回の壁のメッセージが脳裏を過る。
「頂上まで来た。門の前に立った。でも、俺はもう誰かの顔を思い浮かべることができなかった」
覚えていない。
思い浮かべることができなかった。
——繋がるのか?
「あの男は——何者なんだ」
答えは出ない。
だが、胸の中の違和感は確信に近づいていた。
あの男は——ただの挑戦者じゃない。
文字数:約2,000字
到達階層:21階層(休息の間)
備考:銀髪の男と二度目の遭遇。「覚えていない」の一言。男の異常な動きが蓮の反復の極意と重なる。壁のメッセージとの関連を示唆




