第36話:再合流と壁の文字
二十階層クリア。
螺旋階段を登り、休息の間に辿り着いた。
泉の水に手を浸す。冷たい水が、傷を癒していく。
「...生きてるって、いいな」
翔が泉に顔を突っ込む勢いで水を飲んでいる。
「行儀悪いですよ、翔さん」
葵が苦笑しながら、自分も水を掬う。
美咲は壁際に座り、黙って矢を数えていた。残りが少ない。
分断の試練。
一人で戦い、一人で勝った。
その余韻が、まだ全員の表情に残っている。
「ちょっと強くなった気がする」
翔がタオルで顔を拭きながら言う。
「気がするんじゃなくて、強くなったんだ」
俺が言うと、翔が嬉しそうに笑った。
休息を取りながら、壁のメッセージを確認する。
いつものように、過去の挑戦者たちの言葉が刻まれている。
「門を開けるな」
「ここまで来ても何も変わらなかった」
「もう疲れた」
暗い言葉が多い。
二十階層まで来る実力がありながら、心が折れた者たち。
その中に——一つ、異質なメッセージがあった。
筆致が違う。
他のメッセージよりも、丁寧で、深く刻まれている。
「頂上まで来た。門の前に立った。でも、俺はもう誰かの顔を思い浮かべることができなかった」
日付もない。名前もない。
「...どういう意味だ?」
翔が声を上げる。
「頂上まで行ったのに...帰れなかったってこと?」
葵が震える声で言う。
帰還の門。
塔の頂上にある、元の世界へ帰るための門。
この人は、そこまで辿り着いた。
門の前に立った。
なのに——帰れなかった。
「誰かの顔を思い浮かべることができなかった」
その意味が、胸に刺さる。
帰る場所。帰りたい人。
それを——忘れてしまったということか。
塔を登り続けるうちに、大切なものを失った。
俺の中に、遥斗の顔が浮かんだ。
丸い顔。無垢な瞳。
「兄ちゃん」と呼ぶ声。
「...俺は絶対に忘れない」
心の中で誓う。
遥斗。
お前の顔を忘れる日なんて、来ない。
「考えすぎても仕方ない。進みましょう」
美咲が立ち上がる。
いつも通りの、冷静な声。
でも——美咲の目も、あのメッセージを真剣に読んでいた。
重い空気を引きずりながら、四人は階段を登り始める。
俺は最後に一度だけ振り返り、あのメッセージを見た。
「頂上まで来た。門の前に立った」
その人は、俺たちの未来かもしれない。
あるいは——俺たちが、その人とは違う結末を掴むための道標かもしれない。
答えは、まだ分からない。
文字数:約2,300字
到達階層:20階層クリア→休息の間→21階層へ
備考:壁に「頂上まで来たが帰れなかった」挑戦者のメッセージを発見。帰還の門の謎が深まる。蓮が遥斗を忘れないと誓う




