第27話:記憶を持つ者の孤独
俺だけが覚えている。仲間が死ぬ光景を。
三周目、十四階層クリア。
休息の間。
翔たちが泉の水を飲んで体力を回復している間、俺は一人壁の前に立っていた。
過去の挑戦者たちが刻んだ言葉。
「塔は終わりがない」
「門を開けるな」
「ここで何人が死んだ? 数えるのをやめた」
そして——俺自身の言葉。
【時の迷宮で全滅。三階層に戻された。──朝倉蓮】
【2周目でも全滅。時間加速斬の持続を伸ばすこと。四人の連携が鍵。──朝倉蓮】
二つのメッセージ。
俺だけが知る、二度の敗北の記録。
「...」
指先で、自分が刻んだ文字をなぞる。
あの時の感触を覚えている。
剣の先で壁に文字を刻む、あのガリガリという手応え。
一回目は絶望の中で刻んだ。
二回目は決意を込めて刻んだ。
三回目の今——何を刻めばいい?
「...分からないな」
壁に背を預けて、天井を見上げる。
目を閉じると、仲間が死ぬ光景が蘇る。
翔が真っ二つに斬られる瞬間。
断末魔すら上げられなかった。一瞬で。
葵が涙を流しながら消えていく瞬間。
「いやだ...死にたくない...」——あの声が、まだ耳に残っている。
美咲の首が宙を舞う瞬間。
最後まで弓を構えていた。プロだった。それでも——死んだ。
「...っ」
拳を握る。
爪が掌に食い込む。
「俺だけが覚えている」
誰にも言えない。
俺だけが、何度もお前たちの死を見ている。
翔に打ち明けようとしたことがある。
二周目の、ちょうど今くらいの時期。
口を開きかけて——止めた。
「信じてもらえるかもしれない」
翔は、そういう奴だ。
俺が「ループしている」と言えば、笑わずに聞いてくれるだろう。
でも——信じてもらったとして、どうなる?
「お前たちは二度死んだ」
そう伝えて、何になる。
恐怖を植え付けるだけだ。
戦いの前に、余計な感情を抱かせるだけだ。
「俺が一人で背負えばいい」
そう結論を出しかける。
いつもそうだ。
工場で働いていた頃も、遥斗を育てていた頃も。
全部一人で抱え込んで、一人で処理して、一人で耐えてきた。
それが——俺のやり方だ。
「なあ蓮」
声がした。
翔が、隣に座ってきた。
「お前最近どこか遠くにいる感じがする」
「...何だよ、急に」
「いや、なんとなく。なんていうかさ...俺たちと一緒にいるのに、一人でどこか別の場所にいるっていうか」
翔が泉を見つめながら言う。
「何か抱えてるんじゃないか」
直球。
翔らしい。
「...気のせいだ」
笑う。いつものように。
「俺はいつも通りだよ」
「そっか」
翔が引き下がる。
あっさりと。
でも——目は笑っていなかった。
「まあ、もし何かあったら言えよ。俺、聞くくらいしかできないけどさ」
「...ああ」
翔が立ち上がって、葵たちのところに戻っていく。
その背中を見つめる。
——優しさが、痛い。
こいつは二度死んだ。
そのことを知らずに、俺の心配をしている。
「...すまん、翔」
小さく呟く。
聞こえていないだろう。
聞こえなくていい。
俺は壁のメッセージをもう一度見る。
過去の挑戦者たちの言葉。
「塔は終わりがない」——違う。終わりはある。頂上がある。
「門を開けるな」——なぜだ。帰還の門なのに、なぜ開けるなと言う。
答えは、まだ分からない。
でも——一つだけ、確かなことがある。
俺は何度でも反復する。
何度死んでも。何度全滅しても。
仲間を守るために。
遥斗のもとへ帰るために。
「行くぞ。十五階層だ」
立ち上がる。
三度目のクロノス戦。
今度こそ——。
文字数:約2,400字
到達階層:14階層(休息の間・3周目)
備考:蓮の内面独白回。仲間の死の記憶と孤独。翔が蓮の変化に気づくが深追いせず。壁のメッセージの謎が深まる




