第26話:三周目の蓮
三周目の塔は、退屈だった。
一階層。
扉を開けた瞬間に飛び出してくるゴブリン。
一回目は焦った。二回目は余裕だった。
三回目は——。
「『単調斬り』」
声にも出さずに、三連撃。
ゴブリンが塵になる前に、もう次の部屋に向かっている。
「速...!」
翔が目を丸くする。
「蓮、お前今日はどうしたんだ。動きが機械みたいだぞ」
「そうか?」
二階層。
森の階層。以前は苦労した毒蛇の群れも、出現位置を全て把握している。
右の茂みに三体。左の木の上に二体。正面の沼地に一体。
「翔、左上に気をつけろ」
「え?」
言った瞬間、左の木の上から毒蛇が落ちてくる。
「うおっ!...って、なんで分かったんだ!」
「勘だ」
三階層、四階層、五階層。
一回目も二回目も苦戦した階層を、今回は一瞬で駆け抜ける。
ボスの攻撃パターンも、罠の位置も、全て頭に入っている。
「なんか怖いくらい正確ですね」
葵が目を丸くしながら言う。
「本当に勘なの?」
美咲が後ろから問いかける。
「...ああ」
嘘だ。
勘じゃない。記憶だ。
二度死んで、二度やり直した記憶。
でも、そんなこと言えるわけがない。
「早くクロノスまで辿り着かなければ」
内心では、焦りがあった。
ループするたびに、仲間は初期状態に戻る。
レベルも、記憶も、全てリセット。
俺だけが反復回数と記憶を引き継いでいる。
だから——俺が引っ張るしかない。
一秒でも早く。一歩でも先へ。
八階層。
休息の間で、翔たちが休憩を取る。
「ちょっと待ってくれ蓮。さすがにペース速すぎるって」
翔が泉の水を飲みながら言う。
「まだ走れるだろ」
「走れるけど...お前、焦りすぎじゃないか?」
「...そうか」
そうだ。焦っている。
早くクロノスまで辿り着かなければ。
早く倒さなければ。
でないと——また、こいつらが死ぬ。
「少し休もう」
美咲が静かに言う。
「このペースだと、肝心のボス戦で体力が残らないわ」
「...分かった」
座る。
泉の水を飲む。
冷たい水が、焦りを少しだけ冷ましてくれる。
翔が隣に座って、冗談を言い始めた。
「いやーしかし、異世界に来てまでこんなにハードに走らされるとは思わなかったわ。部活のシャトルランより辛い」
葵が笑う。
「翔さん、部活やってたんですか?」
「サッカー。レギュラーではなかったけどな。補欠の補欠」
「あはは、そうなんですね」
葵がスケッチブックを取り出す。
いつの間に持っていたのか。
「何描いてるんだ?」
翔が覗き込む。
「この泉。デザインの参考になるかなって。この石の質感とか、光の入り方とか」
「異世界でもデザイナーかよ」
笑い合う二人。
美咲は少し離れた場所に座り、弓の弦を調整している。
淡々と。いつも通り。
——この光景。
何度も見た。
一回目も、二回目も、同じだった。
翔が冗談を言って。葵がデザインの話をして。美咲が淡々と弓を構える。
何気ない日常。
でも俺には——「何度も見た景色」だ。
笑えない。
同じ冗談を聞いて、同じ光景を見て。
でもこいつらにとっては、全てが初めてで。
俺だけが、繰り返しの中にいる。
「蓮、なんか今日は遠い目をしてることが多いわね」
美咲が、静かに言った。
弓の弦を張りながら、こちらを見ている。
鋭い目。
「そうか」
「何か考えてる?」
「...別に」
美咲はそれ以上聞かなかった。
前を向いて、弓の調整を続ける。
その背中を見ながら、思う。
前回、この人は「ごめん、蓮」と言いながら倒れた。
弓を持つ手が震えながら、最後まで戦い続けた。
その姿を、俺は覚えている。
「次こそ、この人に死なせない」
心の中で誓う。
全員に。
翔にも。葵にも。美咲にも。
「よし、行こう」
立ち上がる。
「お、もう休憩終わりか」
「ああ。先は長い」
四人で螺旋階段を登り始める。
三周目の蓮は、誰よりも強い。
一人で抱えているものは重い。
でも——守りたいものが、すぐ隣にある。
それだけで、足は前に出る。
文字数:約2,500字
到達階層:8階層→先へ(3周目)
備考:3周目の高速攻略。仲間が蓮の異常な正確さに疑念を抱き始める。蓮の孤独感と焦りが深まる




