第21話:再び、時の迷宮へ
十五階層。
時の迷宮。
足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
冷たく、重い。時間そのものが凝固したような、異質な空間。
「ここが...十五階層」
翔が周囲を見回す。
薄暗い通路。壁には歯車のような紋様が刻まれ、微かに回転している。
天井から差す青白い光だけが、迷宮を照らしていた。
「なんか...嫌な感じがする」
葵が杖を握りしめる。
「空気が重いわ。魔力濃度が今までの階層と段違い」
美咲が冷静に分析する。
俺は──何も言わなかった。
知っている。
この通路の先に、左に曲がる分岐がある。右に行けば落とし穴。左の先には三体の時間蜥蜴が待ち伏せしている。
全部、覚えている。
前回、ここで全滅したから。
「蓮、どっちに行く?」
翔が分岐点で立ち止まる。
「左だ」
即答する。
「迷わないな」
「...勘だ」
翔が怪訝な顔をする。
構わず先導する。
左の通路に入ると──案の定、壁の隙間から時間蜥蜴が飛び出してきた。
【時間蜥蜴 Lv18】×3
「来るぞ!」
俺が叫ぶ前に、もう剣を抜いていた。
「『単調斬り』!」
【反復回数:256回】
三連撃が先頭の蜥蜴を斬り伏せる。
「速い...!」
翔が驚く。
俺の体は、前回の記憶通りに動いている。
敵の出現位置も、攻撃パターンも、全て頭に入っている。
残り二体。
「翔、右の個体を頼む。葵、援護!」
「お、おう!」
翔が槍を構え、右の蜥蜴を突く。
「『氷結連鎖』!」
葵の氷が蜥蜴の足を凍らせる。
美咲が無言で矢を放つ。
ドスッ!
最後の一体が倒れる。
「...早いな、今日は」
翔が槍の血を払いながら言う。
「なんか蓮、さっきここに来たばかりみたいな動き方ですね」
葵が首を傾げる。
「そうか?」
平静を装う。
内心では——前回の全滅の記憶が、まだ消えていなかった。
翔が真っ二つに斬られた光景。
葵が涙を流しながら消えた光景。
美咲の首が——。
「...っ」
奥歯を噛む。
忘れろ。今は前を向け。
「行くぞ。止まるな」
自分に言い聞かせるように、足を進める。
迷宮の構造は、完全に把握している。
罠の位置。敵の出現タイミング。安全な休憩ポイント。
全てを、体が覚えている。
反復の記憶。ループの代償。
「蓮、次の分岐は?」
「右。その先を真っ直ぐ」
「...本当に勘か?」
翔の目が、鋭くなる。
「ああ」
嘘をつく。
何度も見た道だ。何度も歩いた道だ。
「何度も」——その意味を、こいつらは知らない。
知らなくていい。
俺が覚えていればいい。
迷宮を進むこと数時間。
壁に、文字が刻まれていた。
見覚えのある筆跡。
俺の、筆跡。
【時の迷宮で全滅。三階層に戻された。──朝倉蓮】
前回、俺が刻んだメッセージ。
目を細める。
あの時の絶望を、思い出す。
「...蓮、これ」
翔が壁の文字に気づいた。
「『朝倉蓮』って...お前の名前じゃないか?」
「......」
「あの文字...誰が書いたんだ?」
翔の声に、明確な疑念が混じっている。
「さあな」
足を止めない。
「え、でも朝倉さんの名前が...」
葵が不安そうに壁を見る。
「なんか怖いですね...」
「過去の挑戦者だろ。同姓同名なんていくらでもいる」
我ながら、苦しい言い訳だ。
翔は何か言いたそうにしていたが、それ以上は追及しなかった。
美咲だけが、俺の背中を無言で見つめている。
あの鋭い目。何か感づいているのかもしれない。
でも——今は、前に進むしかない。
通路の奥に、巨大な扉が見えた。
石造りの、重厚な扉。
表面に刻まれた歯車の紋様が、ゆっくりと回転している。
扉の向こうから、圧倒的な威圧感が漏れ出していた。
「...来たか」
知っている。
この扉の向こうにいるもの。
【時喰いのクロノス】
前回、俺たちを全滅させた化物。
恐怖が、胸の奥から湧き上がる。
あの鎌。あの時間停止。あの、圧倒的な暴力。
手が、震える。
——でも。
「今回は、違う」
剣を握りしめる。
震えが、止まる。
『時間加速斬』がある。
仲間が、いる。
前回の全てを、覚えている。
「蓮、大丈夫か?」
翔が隣に立つ。
「ああ。行こう」
「勝てるのか?」
「勝つ」
迷いは、ない。
「絶対に勝つ」
四人で、扉に手をかける。
重い音を立てて、扉が開く。
その向こうに——青白い光に満ちた広間と、巨大な影が待っていた。
文字数:約2,500字
到達階層:15階層(時の迷宮)※前話から移動
反復回数:累計256回(+1)




