第1話:召喚の夜、それぞれの理由
「蓮、今日も残業か?」
工場の同僚が声をかけてくる。
「ああ。悪いな、先に上がってくれ」
時計を見る。午後九時。
定時は五時。もう四時間も働いている。
でも、帰れない。帰りたくても、帰れない。
「無理すんなよ。体壊すぞ」
「分かってる」
同僚が去っていく。
工場のラインに、俺一人が残る。
カタン、カタン、カタン──。
機械の音だけが響く。
単調な音。変わらない音。
「...はぁ」
ため息をつく。
いつまで、こんな生活を続けるんだろう。
朝六時起床。遥斗の朝ごはんを作る。遥斗を学校に送り出す。七時半に家を出る。八時から工場で働く。残業して帰宅は十時過ぎ。遥斗はもう寝ている。
繰り返し。反復。ループ。
「でも...仕方ない」
遥斗を育てるには、金が必要だ。
両親が事故で死んでから三年。
保険金はあったが、遥斗の学費、生活費、将来のために貯金もしなきゃいけない。
だから、残業する。休日も働く。
遥斗のために。
「兄ちゃんの唯一の、家族だからな」
スマホを取り出す。
待ち受けには、遥斗との写真。去年の誕生日の写真。
笑顔の遥斗。
「早く帰りたいな...」
でも、まだ仕事が残ってる。
あと一時間。
俺はラインに戻り、部品を組み立て始めた。
午後十時半。
ようやく仕事が終わり、工場を出る。
夜の住宅街。静かで、寒い。
コンビニで弁当を買い、アパートへ向かう。
「ただいま」
鍵を開けて入る。
静か。遥斗はもう寝ているようだ。
部屋の電気をつける。四畳半の、狭い部屋。
でも、ここが俺たちの家だ。
遥斗の部屋──といっても、カーテンで仕切っただけの簡易的なスペース──を覗く。
布団の中で、遥斗が寝息を立てている。
「...おやすみ、遥斗」
カーテンを閉める。
弁当を温めて、一人で食べる。
テレビをつける。
ニュースが流れている。
「本日午前零時、世界各地で謎の発光現象が──」
発光現象?
画面には、世界中の夜空が光に包まれる映像が映っている。
「専門家は、オーロラの一種ではないかと推測していますが──」
オーロラ。
ふーん。
俺には関係ない。
テレビを消す。
弁当を食べ終え、風呂に入り、布団に入る。
スマホを見る。
午後十一時五十八分。
「明日も、また同じ一日か...」
目を閉じる。
そして──。
午前零時。
世界が、光に包まれた。
「──っ!?」
まぶしい。
目を開けられない。
体が浮く。いや、引っ張られる。
「何だ...!?」
声を出そうとするが、出ない。
遥斗!
遥斗は!?
カーテンの向こうを見ようとするが、光で何も見えない。
そして──意識が、途切れた。
気がついたとき、俺は荒野に立っていた。
「...ここは?」
見渡す限り、何もない大地。
そして、目の前には──天を貫く、巨大な塔。
黒曜石のような漆黒の外壁。雲を突き抜けて、遥か上空へと伸びている。
「何だ、これ...」
周りを見る。
俺だけじゃない。
他にも、人がいる。
十人、二十人──いや、もっといる。
みんな、困惑している。
「ここはどこだ!?」
「何が起きたんだ!?」
「俺、さっきまで家にいたのに...!」
騒然とする人々。
その中に──。
「え...嘘でしょ...?」
若い女の声。
見ると、二十代くらいの女性が、震えながら塔を見上げている。
長い黒髪。細身の体。手には、杖のようなものが握られている。
「あの...大丈夫ですか?」
俺が声をかけると、女性が振り向く。
「あ...はい。大丈夫...じゃないけど...」
「俺も、何が起きたのか分からなくて」
「そう、ですよね...」
その時、頭上に、文字が浮かんだ。
いや、文字というより、直接脳内に刻み込まれるような感覚。
【ようこそ、挑戦者たちよ】
【あなたたちは【永劫の刻塔】に招かれました】
【塔の頂上にある『帰還の門』を開けば、元の世界へ帰ることができます】
【ただし──塔を登るには、試練を乗り越えなければなりません】
【各自に初期スキルを付与します】
次の瞬間。
俺の腰に、剣が出現した。
「うわっ!?」
周りの人々も、それぞれ武器や道具が出現して驚いている。
剣、槍、弓、杖──様々な武器。
【朝倉 蓮】
【レベル:1】
【スキル:『単調斬り(ノーマル・スラッシュ)』Lv1】
視界の端に、ステータス画面のようなものが表示される。
「単調斬り...」
剣を抜く。何の変哲もない、鉄の剣。
「私のスキル、氷結魔法だって...」
さっきの女性が呟く。
彼女の杖が、青白く光っている。
「魔法...か」
「はい。でも、私、魔法なんて使ったことないし...」
不安そうな表情。
「俺も剣なんて振ったことないですよ。同じです」
「そう...ですよね」
その時、別の男が近づいてきた。
二十代前半くらい。短髪で、がっしりした体格。手には槍。
「なあ、あんたら。この状況、どう思う?」
「...正直、訳が分からない」
「だよな。俺もだ」
男が塔を見上げる。
「でも、あのメッセージが本当なら──この塔を登れば、帰れるってことだ」
「そうみたいですね」
「なら、やるしかない。俺には、帰らなきゃいけない理由がある」
男の目が、真剣だ。
「俺も」
「私も...」
女性も頷く。
「じゃあ、とりあえず──協力するか?一人より、複数の方が安全だろ」
「そうですね」
俺は頷いた。
「俺は朝倉蓮。工場勤務です」
「俺は結城翔。大学生」
「私は...藤崎葵。フリーランスのデザイナーです」
三人で顔を合わせる。
見知らぬ者同士。
でも、同じ目的を持つ者同士。
「よろしく」
「よろしくお願いします」
塔の入口が、ゆっくりと開いた。
暗闇の向こうから、何かの気配を感じる。
「行くぞ」
翔が先頭に立つ。
葵が続く。
俺も、その後に続いた。
【永劫の刻塔】──。
俺たちの、戦いが始まる。
遥斗の元へ、必ず帰るために。
文字数:約2,600字
主人公レベル:Lv1
到達階層:入口
獲得スキル:『単調斬り』Lv1
登場キャラクター:朝倉蓮、結城翔(槍使い)、藤崎葵(魔法使い)
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