第90話:船上の宴(前編)
ポウムたちの目の前で、彼らの主人が船に乗る。渡し板から下りた後に、2人は甲板のほうに向かった。先に船に乗っていた貴族の息子や娘たちが、彼らを見つけて挨拶する。
「良き日ですね。本日はお越しいただき、まことにありがとうございます」
主催の娘であるキャサリンが進みでて、軽く頭を下げた。
「良き日ですね。こちらこそ、お招きくださったことに感謝します」
集まっていた貴族たちが、あっという間に2人を囲む。最後に船に乗ったポウムは、人の輪の中にいる主人を憧れの目で見つめた。渡し板が外されて、船がゆっくりと動きだす。
「どこまで行くのかな」
船べりに近づいて、ポウムは目の前に広がる大海原を見渡した。波が船体に当たって、船が揺れる。足元が傾く感覚に、ポウムは目をパチパチとさせた。
「……船ってこんな感じなんだね。ねえ、パットは知ってた?」
「ううん。僕も初めて乗ったから」
首を振って、彼は彼女の隣に並ぶ。遠くの方から声がした。
「おーい! 手が空いてるなら手伝ってくれ!」
声の主は、2人と同じ下働きの男だ。彼はカゴに軽食を入れて、持ってきている。
「はーい! 分かりました」
ポウムは男に向かって返して、船室の奥にある調理場に向かう。
そこでは専属のシェフが手でつまめるような軽食を作りながら、こぼれないようにグラスの半ばまで酒を注いでいた。酒と軽食は別々の編みカゴの中に、均等に並べられている。
「これを運んでいってくれ。船の上だと、台には乗せられないからな」
「はい」
シェフの言葉にうなずいて、ポウムはグラスが入ったカゴを持つ。彼女はそれを甲板に持っていった。
「あら、ありがとう」
目ざとく見つけて、すぐにグラスを取ったのはキャサリンだ。彼女は自分の分とは別に、もう1つグラスを持っていく。
「クリス様! お酒はいかがですか?」
隣にいるジュリアには目を向けず、彼女は王子に声をかける。彼はそれを無視して、ジュリアと共にポウムの元まで歩いてきた。
「大丈夫。……ほら、ジュリア」
ポウムが持つカゴからグラスを取って、彼はそばに立つジュリアに渡した。
「ありがとうございます」
彼女は優雅に微笑んでグラスを受け取る。そのまま見つめあう2人を目にして、キャサリンは悔しげにくちびるを噛んだ。
「なによ、婚約者だからって偉そうに……。ただ単に、生まれが良かっただけじゃない」
その声はハリのように鋭くて、ポウムは恐怖で凍りついてしまう。クリスがスッと目を細めて、ジュリアはフッと鼻で笑った。
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