第86話:準備期間(後編)
ジュリアは素直に頭を下げた。そのヤケドは、彼女のせいで負ったものだったから。パットが目を泳がせる。
「……い、いや……その……」
「ほら。お嬢様は、ちゃんと謝ってくれたじゃない」
ポウムが横から口をだす。シリルは呆れ顔で、食事を取りにいった。
「……とりあえず、楽にしてくれ」
クリスが言って、ジュリアも頭を上げる。ポウムはニコニコ顔で、パットの手を取った。
「大丈夫よ。私はあなたの手に傷があっても、気にしないわ」
「う、うん……」
うなずいて、彼は握られた手を見つめた。
「……僕が間違ってたのかな」
「そういう話じゃないよ。パットは辛かったんだし、お嬢様はそれを分かってくださったんでしょ? 昔のお嬢様とは違うってだけのことだよ」
ポウムは笑みを崩さない。その言葉に、ジュリアは苦笑を浮かべた。
「……意外としっかりした子だな」
「そうなんだよね。芯が強い子だから」
クリスは親のような顔をしている。ドアが開いて、シリルが料理の乗ったカートを押して入ってきた。
「持ってきたぞ」
「わあ、美味しそう! ホントにこれ、全部食べていいんですか?!」
豪華な皿が机に並べられているのを見て、ポウムが喜々として声を上げる。パットは胸の下で手を組んで、目を伏せた。
「……僕はいいです」
「なんで? パットも朝から、何も食べてないじゃない」
さっそくパンに手を伸ばしているポウムが、不思議そうに首をかしげる。シリルは横でため息をついた。
「……施しを受けたくないんだろう。放っておけ」
「でも、このパンふわふわで美味しいよ?」
少女は取ったパンを2つに割って、パットに渡した。少年は少しして、無言でパンを食べ始める。クリスは彼らに、温かいまなざしを向けていた。
「……こんなシーンもあったのか?」
ジュリアが小声で問いかける。クリスは無言で首を振った。
「なかったよ。だからこそ、より尊いと思えるんだ」
「なら誇れ。お前が努力したからだろ」
「……うん」
小さな声でつぶやいて、彼は3人を見守り続ける。ポウムが料理を小皿に取り分けて、パットに渡して自分も食べる。その側で、シリルは料理には手をつけず立っていた。
「……あなたはいいの?」
「必要ない。オレは先に食べている」
ジュリアの問いに、彼は淡々とした声で答える。それだけで、彼女は何も言わなくなった。やがて料理がなくなって、シリルは空になった皿をカートに戻す。
「美味しかったね」
ポウムが楽しそうに話しかける。パットは黙ったままだったが、やがて小さくうなずいた。




