第83話:クリスの涙(後編)
「……はい、兄さん」
クリスの背に腕を回して、シリルは強くしがみついた。クリスは目を閉じて、彼に寄りそう。
(温かい)
シリルの体温を感じていると、しだいに心が落ち着いていく。ゲームでは直接触れられなかった弟が、そこにいる。
(……いいな)
それはクリスの本音だった。外は相変わらず騒がしいが、部屋の中はとても静かだ。
「……ジュリアは来てくれるだろうか」
彼がそう言った瞬間に、扉をノックする音が響く。使用人が、外から声をかけてきた。
「今しがた、ジュリア様の馬車が戻られました。お通しして、よろしいですか?」
「……ああ、頼む」
掠れた声でクリスが答える。それから少し間をおいて、彼女は彼の部屋にきた。別れたときと同じドレスで。
「……お父様が、お倒れになったと聞きましたが」
凛とした声が室内に反響する。クリスは小さくうなずいた。
「……ごめん、急に……」
「大丈夫です。……それよりも、あなたは鏡を見るべきですわ。ご自分がどんな顔をしているのか、お分かりになって?」
ジュリアは変わっていない。厳しい口調の中には、彼を気づかう優しさがあった。
「……うん」
顔を上げて、クリスは笑う。泣きそうな笑み。それを見てジュリアはため息をついた。
「……もうお昼すぎです。お食事は?」
「……取ってない」
「ほら、もう……。無理やりにでも、食べてください」
彼女が彼に近づいて、その腕を引っぱる。それでようやく、彼は動きだすことができた。シリルの体から手を離して、クリスは告げる。
「……ここに持ってきてもらうよ。シリル、君も同席してくれ」
「もちろんです」
シリルが首を縦に振る。彼はクリスから離れて、隣にイスを持ってきた。その間に、ジュリアは外の使用人に指示をだす。
「お昼ごはんを持ってきてちょうだい」
使用人は彼女の言葉を聞いて、すぐに行動した。数分後には、豪華な食事が運ばれてくる。ジュリアはそれを受け取って、使用人を下がらせた。
「……これ、1人分なんだろうね」
机に並べられていく皿を見て、クリスは苦笑を浮かべた。ジュリアは目を細めている。
「食べられなければ、私とシリルで処理します」
「……そうしてくれ」
クリスはパンをちぎって口に入れる。そしてスープをすくって飲んだ。彼が手をつけたのは、その2つだけ。残った料理は、ジュリアとシリルが平らげた。口をふきながら、ジュリアは横目でクリスを見る。
(そうとう、堪えてんな……)
彼は全てのイベントを知っていたはずだ。だというのに、なぜ。頭の中で疑問が渦巻く。それでも彼女は、何も聞かずに食事を終えた。




