第81話:忘れられていたイベント
「……大丈夫よ。私はお父様とお兄様に愛されているもの」
ジュリアはそう言って、家へ向かう馬車に乗った。その車を見送って、クリスは深いため息をつく。
「心配か?」
シリルが聞いた。クリスは小さくうなずいて、彼の手を取る。
「……でも、信じるって決めたから」
「そうか……」
シリルはそれっきり、黙ってクリスの横についた。
(……今日は、彼についていてあげないと)
表向きは元に戻ったように見えるが、彼はまだ不安定だ。その手を引いて、シリルは自室に戻る。特別な仕事はない。
(話すことも、特にないけど……)
そう思ったときだった。血相を変えた召使いが、部屋のドアを開けたのは。
「大変です! 国王様が……!!」
クリスは目を見開いた。そうだ、どうして忘れていたのだろう。
(あのイベントは、今日だった……!)
「すぐに行く!」
思いだすのと叫ぶのは同時だった。彼はシリルを連れて、召使いについていく。走りながら、シリルが口を開いた。
「何があった!」
「突然お倒れになられたのです……!」
召使いが悲痛な声をだす。3人は全速力で廊下を走って、執務室に駆けこんだ。
「お父様!」
国王は、イスに座ったまま横向きに倒れていた。その姿を見て、クリスは悲鳴を上げる。彼らと同時に来た医者が、その体を椅子から剥がして支え起こす。
「ひどい熱です。すぐにお部屋に運びませんと……」
国王の額に手を当てて、医者が声を上げた。彼は担架に国王を乗せて、使用人に運ばせる。
クリスはシリルを連れたまま、彼らの後についていった。自室のベッドに寝かされた国王の側で、医者は薬を湯に溶かす。
「さあ、これをお飲みください」
国王の上体を起こして、その背に腕を回しながら。もう片方の手で薬が入ったカップを持って、医者はそれを国王の口元まで持っていった。熱でボンヤリとしている国王は、与えられた薬を無言で飲む。
「……いかがですか。お父様のご容体は」
「熱冷ましのお薬を飲まれたので、このまま安静にしていれば良くなるでしょう。大したことはありませんよ」
医者の声は穏やかだ。だが、クリスティアンは知っている。国王はこのまま目を覚まさず、しだいに弱っていくのだと。
(そうだ、国王が動けなかったから……。フェリクスは革命を起こしたんだ)
スチルにはなかった光景を初めて目にした衝撃で、クリスはその場に立ちつくしていた。シリルが心配そうな顔で見上げてくる。
「……大丈夫だ。オレがついてる」
小さな声でささやれた言葉に、少し遅れて。クリスは無理やり、首を縦に振った。




