第77話:シリルの心(前編)
部屋を出て、階段を下りる。宿を出るときに、娘が声をかけてきた。
「ありがとうございました! また来てくださいね」
その声には誰も答えない。娘は気にせず、出ていく客を見送った。大通りを歩き、服屋で着替えて王宮に戻る。その間も、4人は無言だった。
「それでは、おやすみなさい」
フェリクスは、挨拶だけして客室に入る。ジュリアもそうしようとした。別の客室に入ろうとしたときに、シリルの声が彼女の耳に入る。
「……クリス。話がある」
ジュリアは思わず足を止めた。振り返った先には、真剣な顔をしたシリルがいる。
「お前に用はない。とっとと寝ろ」
彼女に向かって、彼は冷たく言い放つ。クリスは眉根を寄せた。
「……シリル。そんな言いかたはしないでくれ」
「本当のことだ。……クリスティアン。あのロケットの中身は見たか?」
「ああ、見たよ」
「それならわかるだろう。他の人間に、話す気はない」
「ジュリアなら大丈夫だよ。……中に入ろう。少なくとも、ここで話すことじゃない」
「だが……」
「シリル・ノーランド。2度は言わない。僕と一緒に、来てくれるね?」
ためらう彼の肩を抱いて、クリスはその耳元でささやいた。王家の名を与えられて、シリルは石になってしまう。
「おいで、シリル」
その体を引きずって、クリスは無理やり部屋に入れた。ジュリアは黙ってドアを閉める。
「シリル。僕の可愛い弟。誰にも信じられなくても、僕は君のことを信じるよ。表向きには、決して認められないとしても……」
硬直した男をイスに座らせて、クリスは彼の前にしゃがんだ。シリルが乾いた声をだす。
「にい、さん」
「なんだい、シリル」
「苦しかった……。寂しかった。オレはずっと、一人ぼっちで」
「うん、ごめんね。これからはいつまでも一緒だよ」
「兄さん……」
シリルが本当に、嬉しそうな顔をする。その両手がゆっくりと持ち上げられて、クリスのノドに添えられた。
「おい、何をしようとしてるんだ」
嫌な予感がして、ジュリアは口を挟む。クリスは動じず、シリルの目を見つめて笑った。
「僕を殺すの?」
「そうすれば、オレがこれ以上裏切られることはないだろう」
「でも、そうしたら君はまた1人になるよ」
クリスは抵抗せず、穏やかな声で言った。シリルの表情は変わらない。
「おい……!」
焦っているのはジュリアだけだ。彼女は必死で、シリルをクリスから引きはがそうとする。
「やめろ、バカ! なに考えてんだ!」
「待って、ジュリア」
シリルの腕を掴んだ彼女を見て、クリスが声を上げる。彼は状況に似合わない、穏やかな声をだした。
「ねえ、シリル。本当に、僕のことを殺したい?」




