第76話:イベントフラグ
室内の空気が重い。ジュリアは迷ったすえに口を開いた。
「……私も、ここのお料理は好きですわ」
「ずいぶんな変わりようですね」
フィリクスが目を細める。
「以前のあなたは、庶民の食べ物など馬や牛のエサと同じだとおっしゃられていましたが」
「口にしてみれば、意外と美味しかったのです。それに、大好きなクリス様が好まれている物ですから」
ジュリアはまったくうろたえない。クリスは少し心配そうにしていた。
(大丈夫だ)
目だけで彼に合図して、彼女はフィリクスと向きあう。
「私も、いつまでも子供のままでいるわけにはいきませんもの。ワガママはひかえようと思いまして」
「……そうですか」
彼は納得していないようだったが、それでも反論はしてこなかった。黙々と食べ進めて、皿が空になったころに、少し顔を赤くしたクリスが話しだす。
「そういえば、今年の避暑会は船上パーティーになるそうだよ」
「おや、海ですか。それなら主催はアボット伯爵家ですね」
口もとをふきながらフィリクスが言う。クリスは穏やかに笑って続けた。
「いつもどおり、連れてくる使用人は2人までだから気をつけてね」
ごく自然に告げられた言葉を、フィリクスとシリルは気にとめない。だが、ジュリアは使用人という単語に引っかかりを覚えた。
(……もしかして、これが必須イベントか?)
クリスと目があう。彼は彼女に、真剣なまなざしを向けていた。
「ジュリア、君はどうする?」
「そうね。新しく、扱いやすい侍女が入ったから……。その子と、もう1人は男の子にしましょうか」
「おや、珍しいですね」
フィリクスが酒を飲みながら言った。ジュリアは無言で、笑顔を返す。
「オレは行かない」
自分のコップに注いだ酒を一気に飲みほして、シリルが淡々とした声をだす。クリスはニコニコとしていた。
「もちろん、君に強制する気はないよ。居心地も悪いだろうし」
「よく分かってるな」
2人の会話を聞きながら、ジュリアはテーブルの上を見た。料理はなくなり、酒も底をつきそうだ。
「今日は泊まりませんわよね?」
念のために確認する。クリスは笑顔で、首を縦に振った。
「落ち着いたら王宮に戻るつもりだよ。フィリクスも満足しただろう?」
「……ええ、まあ」
相変わらずの冷たい目で、彼は答える。
「あなたのようにはなれないと、改めて感じました。今日の収穫はそれで良いでしょう」
ただ1人。ずっと気を張り続けている男は、クリスに敵意のこもった視線を向けた。クリスは動じず、コップに残った酒を飲みきる。
「……さあ、帰ろうか」
その声は優しかったが、それだけでは場の空気は緩まなかった。




