第72話:初夏(後編)
「……行こうか」
やがてクリスティアンは、ニコリと笑った。
「君が望むような結果にはならない。僕たちはただ、遊ぶだけだ」
そう言って彼は前に進む。その横にピッタリとつきながら、シリルは目を細めてつぶやいた。
「あの男は焦っている」
「どうして?」
「オレが、お前の側についたからだ。革命軍の支援をしているのはフィリクスだが、それをまとめているのはオレだからな」
クリスの問いに、彼は簡単な言葉で答えた。ジュリアが後ろに目を向ける。
「彼は分かっていないのでしょうね。あなたがなぜ、好かれているのか」
「……そうだね」
足元の石だたみを見つめて、クリスが返す。
「だけどそれは当たり前だ。僕は常に、1番いい選択肢を選んでいるだけなんだから」
「それだけでは説明できませんよ」
ジュリアは彼を元気づけようとして声を上げる。だが、彼はうつむいたままだった。
「……そんなに気にすることでもねえだろ。ゲームのシナリオを知ってるだけで、特別なことをしたわけじゃねえし」
「だからだよ。僕は主人公じゃない。ただのキャラクターだ。……悪役令嬢ですらない」
「悪役でないのは、いいことでしょう?」
「でも、悪役でも主役にはなれる」
思わず言葉を発した後で、彼はハッとした顔になる。
「違うんだ、僕は……」
「分かっていますよ」
ジュリアは彼の目を見返す。その瞳には、強い意志が宿っていた。
「主役になりたいのではない。あなたは彼らを愛しているだけ。……愛したのと同じだけの愛を返される。それは当たり前のことでしょう?」
ジュリアの言葉に、クリスは戸惑う。その間に、4人はクロスリーの店についた。
「いらっしゃいませー!」
「メシは後だ。まずは酒を持ってきてくれ」
「はーい!」
ドアを開ければ、酒場の娘が声を張って出迎えてくれる。シリルが彼女と話す間に、騒がしい店内を見渡して、フィリクスは小声で聞いた。
「ここに集まっている奴らのうち、何人が革命軍に所属している?」
「……知るか」
苦々しげに吐き捨てて、シリルは先に2階へ上がった。クリスは困ったような顔で、フィリクスの手を引く。
「君もこっちに。……そんなこと、僕は気にしたこともないよ」
そう言われてしまえば、彼はついていくしかなかった。口を閉じて引きずられていく男を追って、ジュリアは最後に階段を上がる。
(明らかに納得してねえな)
フィリクスは不満を隠していない。それは彼女の目にも明らかなほどだ。だが。
「……そんなに怖い顔をしていては、誰もあなたにはついていきませんよ」
ひそめた声で、ジュリアは告げた。その言葉に、彼は舌打ちをして表情を戻す。




