第69話:自分勝手
「……そうですか」
ジュリアは渡された資料を真剣に読んだ。クリスは黙って、その様子を見守る。
「……よくここまで思い出しましたね。設定資料集なんて、何度も読むような物じゃないでしょう」
しばらくしてから、ジュリアは言った。細かい字で書きこまれたことは少し内容が前後していたが、それでもとても参考になった。資料を彼に返しながら、彼女は続ける。
「正直、覚えきれる気がしません。また、困ったときに見せてください」
「うん、分かった」
紙の束を受け取って、彼はそれを引き出しに入れる。そしてカギをかけ直した。
「……小さなときから、ヒマがあれば書いていたんだ」
引き出しを見つめながら、クリスがつぶやく。
「好きなゲームの世界に来られて、嬉しくて。最初はただ、舞いあがってた。だけどあるとき、考えたんだ。僕だけが幸せになるんじゃなくて、みんなを幸せにしてあげたいって」
「それで設定を書きためたと?」
「うん。誰かの役にたてばと思って」
背を向けたまま、彼は目線を下げて言葉を落とす。ジュリアはその顔が見たくなった。
「……少なくとも、私の力にはなりましたよ」
「……そう?」
クリスはようやく振り返る。彼の表情は穏やかだったが、その目はどこか悲しげに見えた。そんな彼が気に入らなくて、ジュリアはハッキリと思いを伝える。
「ええ、そうです。あなたはそのために、私に資料を見せたのでしょう?」
「……うん、でも……」
彼はまだ迷っていた。目線をあちこちに動かしながら、手を組み替えて、クリスは小さな声をだす。
「思いどおりには、ならなかった」
「当たり前です。私たちにも、自分の意志はあるんですから」
ジュリアの鋭い口調が室内に響いた。クリスはやっと、彼女の目を見る。エメラルド色の瞳には、強い意志の光が見えた。
「……君は強いな」
感じいったように息を吐いて、彼は気の抜けた笑みを浮かべる。
「それにとても格好いい。……これからも、頼りにしてるね」
「どうぞ、ご勝手に」
口ではそう言いながらも、ジュリアは内心、嬉しかった。クリスはだんだんと、彼女に何もかも打ち明けてくれるようになっている。
(最初はそれでいい。そうやっていつか、俺にハマって……抜け出せなくなってくれたら、俺の望みも叶うからな)
彼女はゲームのキャラクターを、全員幸せにしようとは思っていない。ただ、彼を手に入れるために。同じ方向を見ていると、彼に思わせておきたいだけだ。
(いいだろ、別に。ここの奴らは、どいつもワガママな奴ばかりだ。それなら俺も、やりたいことをやってやる)
そんなことを考えながらも。表には出さず、ジュリアは美しい微笑みを浮かべた。




