第65話:ジュリアの願い
やがて、馬車はグラファ家の前についた。ジュリアは無言で、兄と共に車から降りる。
(それだけか……?)
彼女は兄を見ながら思った。先を歩いていたメルヴィンが、薄く笑って言葉を落とす。
「だけど、お前はそんな話では納得しないだろう。かといって、僕がすへてを伝える義理もない。ただの駒になるのが嫌なら、自分で考えて動くことだ」
大きな屋敷の中に入って、彼はゆっくりと振り返る。
「おやすみ、ジュリア。よい夢を」
最後に挨拶だけを残して、彼は妹を置いていった。1人になった彼女は、胸の前で手を握る。
「……お兄様」
彼の心は、ジュリアには読めない。くちびるをキュッと結んで、彼女は自分の部屋に戻る。
「お帰りなさいませ、ジュリア様」
部屋のドアを開けた先では、ポウムが笑顔で出迎えてくれた。ジュリアは目を見開いてつぶやく。
「あなた、こんな時間まで起きていたの?」
「はい! お嬢様が戻られるまで、ここでお待ちしていました」
ポウムは無理をしているようには見えない。だが、ジュリアはため息をついて告げた。
「……さっさと休みなさい。明日も早起きするんでしょう」
「大丈夫ですよ。私はお嬢様の部屋つきですから、お嬢様と同じ時間に起きられればいいんです。寝る時間が同じなら、起きる時間も一緒になるでしょ?」
そう言う彼女は、とても可愛らしかった。ジュリアは薄く微笑んで、彼女の頭に手を伸ばす。
(……さすが、乙女ゲームの主人公。めちゃくちゃいい子だな)
主人に頭をなでられて、嬉しそうにしている彼女はとても愛らしい。それなのに。
(なあ、クリス……。お前も本当は、この子と結婚したかったんじゃないか?)
ジュリアの心からは、婚約者の笑顔が消えなかった。胸が痛んで、彼女はポウムから手を離す。
「……分かったわ。私もベッドに入るから、あなたも部屋に戻りなさい」
やっとのことで、それだけ残して。ジュリアはフラフラと、ベッドに向かった。フカフカのマットレスに倒れこんで、彼女はごろりと寝返りをうつ。
「……クリス様」
彼の名前を口に出す。中身も同じ男だと、彼女は今でも思っている。それでも、なお。
(……好きだ)
思いがあふれる。ジュリアはベッドの上で、悩ましげな息をはいた。
(ポウムに取られたくない。俺と結婚してほしい。……俺は本当に、女になっちまったのかもな……)
主人公に嫉妬して、戦おうとしてしまう悪役令嬢。自分がその立場に立っていることを実感して、彼女はまくらに顔を伏せた。
「……大丈夫。あの人は、きっと私を選んでくれる……」
頭の中に、クリスティアンの笑顔が浮かぶ。彼はずっと、ジュリアのことを大切にしていた。だからジュリアも、今は彼を信じている。
「でも、早く……ポウムには、別の人を選んでほしいわ」
その言葉を最後に、ジュリアは深い眠りに落ちた。その顔に、薄い笑みをたたえたまま。




