第58話:パーティー(前編)
「動かないでくださいね」
翌日の朝。ポウムがジュリアの髪にクシを入れる。彼女は手慣れた動きで髪を結い、昨日買ったばかりのネックレスを首にかけた。
「とてもお綺麗ですよ」
「……ありがとう」
鏡の前で、ジュリアは自分の姿を見る。ウェーブのかかった長い金髪。エメラルド色の瞳。少しキツい顔立ちなのは、元が悪役だからだろうか。そう思ったところで、ドアが外から叩かれる。
「……行ってくるわ」
彼女は優雅に立ち上がった。朝の支度を手伝うという仕事を終えたポウムが、少し離れて頭を下げる。
「はい。お気をつけて」
その言葉を聞きながら、ジュリアは扉をゆっくりと開けた。予想通り、そこにいたのはクリスティアンだ。
「おはよう、ジュリア」
それは昨日、別れるときに見た彼ではない。ジュリアがよく知る、優しい人。古びたペンダントも、今は外している。
「おはようございます」
彼が差し出す腕を取って、彼女は自然と横に並ぶ。そのまま2人は、外に出た。屋敷の入口には、グラファ家の紋章がついた馬車が停められている。
「やあ、ジュリア。相変わらず美しいね。そのネックレスは、昨日買ってもらったのかな?」
馬車の前に先についていた兄が、着飾った彼女を見て口を開く。ジュリアは黙ってうなずいた。そのまま3人は馬車に乗って、王宮に向かう。
「……あの、クリス様」
馬車の中で。ジュリアは耐えきれず、小さな声で彼に聞く。
「昨日のペンダントは、お部屋に置いてきたのですか?」
「……いや。ポケットに入れて、持っているよ」
穏やかな声で、クリスが答える。彼はジュリアの耳元で続けた。
「あれは大切な物だからね。なくしたりしたら、大変だ」
「どなたかに見つかったら、困りますか。例えば私のお兄様とか……」
「いいや」
クリスはハッキリと、言いきった。
「僕は困らない。だから心配はいらないよ」
その言葉を聞いて、ジュリアは寂しげに瞳を揺らす。クリスは少し、困ったような顔をした。
(……本当のことだけど、どこまで話していいものか。それに……)
彼は馬車の外を見る。ゲームで見慣れた街並みが、そこにはあった。
(あのペンダントは、本来ならポウムが受け取るはずのものだ。シリルのルートで、彼と秘密を共有してから。……それなのに、彼はどうして、これを僕に渡したのか)
シナリオ通りに進んでいない。それがクリスに、強い不安を抱かせた。馬車が王宮の前につく。
「……行かないと」
これ以上、ルートから外れることはできない。そんな思いで、彼はつぶやく。その表情からは、わずかな焦りと恐怖が見てとれた。




