第56話:貴族らしさ
窓から入る日が傾く。
「そろそろ、帰ろうか」
クリスが立ち上がりながら口を開いた。ジュリアも黙って、彼に従う。
「宝飾品の店に寄って……ですよね?」
「そうだね。……シリルはついてこなくていいよ」
クリスはまっすぐ、彼の目を見て告げた。男は目を細めて返す。
「いや、オレも行く」
短い言葉。だが、それは彼の心の変化を表していた。貴族に便利に使われることを何より嫌うはずの男は、使用人の姿で王子を見つめる。
「……そうか、ならいい」
結局、折れたのはクリスのほうだった。シリルを連れて宿から出て、彼は行きつけの店に向かう。
「……失礼します」
自然な動きでその腕を取って、ジュリアは薄く微笑んだ。シリルが嫌そうに、眉をしかめる。
(当てつけか)
彼はジュリアをにらみつけた。クリスが不安そうにする。
「……大丈夫?」
「気にしないで。行きましょう」
ジュリアは笑みを深めて、彼の腕を引いた。密着したまま階段を降りた2人は、宿の外に出て大通りを歩く。不機嫌そうなシリルが、黙ってその後についていった。
「先に、元の服に着替えようか」
朝も寄った服屋に入って、2人は棚に隠してあった上質な服を取り出す。そのまま物陰で服を着直したジュリアたちは、目立たないように裏口から出た。
「やっぱり、馬車を使うべきでしたね」
裏口から大通りに出た彼らは、周囲から向けられる強い好奇の視線に晒される。ジュリアはそれを避けるように、少しうつむきながら進んだ。
大通りに並ぶ建物の中でも、特に目立つ大きな店へと。重いドアを押して、3人は店内へ入っていく。
「いらっしゃいませ」
それまでの店とは違う、しっかりとした作りの棚に、宝石がいくつも飾られている。
店の中には大きなカウンターがあって、太った店主が立っていた。彼は中に入ってきた2人を見て、ニッコリと笑う。
「クリスティアン殿下と、ジュリア・グラファ様ですね。明日のパーティーに、間に合わせようと? 嬉しいことです。お2人のおかげで、ウチは王都でも1番の宝飾品店になれましたから」
「ありがとう。……大粒のダイヤか、エメラルドが使われた物はあるかな?」
慣れた調子で、クリスは店主に注文を伝える。彼はすかさず、純金のネックレスと指輪を出した。両方とも、大きなダイヤがついている。指輪は1つで、ネックレスのほうは複数。
「……では、それで」
ジュリアはかろうじて、それだけ言った。彼女の家には、同じようなアクセサリーがいくつもある。
(こんなのはムダだ。明日の食べ物にも困る人間が、ここにはいるのに……)
そう思ったが、口にはできなかった。店主に不審を抱かせれば、それまでの行動は水のアワだ。




