第55話:祭りの前・市場(後編)
「……そういやあ、今朝の男」
シリルはそれなりに、2人のことが気にいっていたから。さりげなく、話を変えることにした。
「……はい?」
「少し怪しんでただろ、お前らのこと。帰ってから、うまく言いわけできるように……。今のうちに、貴族らしいことをしておけよ」
首をかしげたジュリアに向かって、彼は淡々とした声で言った。しばらくしてから、彼女はゆっくり、クリスのほうに視線を向ける。
今朝の男というのは、おそらくメルヴィンのことだろうと当たりをつけて。ジュリアはクリスと顔を見あわす。
「どうしましょう」
「市場にはアクセサリーの店もあるけれど、彼の目をごまかすには、行きつけの店で新しいドレスを作ってもらっておくのがいいかな。……今日採寸して、明日に間に合わせてもらう?」
からかうように、クリスは瞳を煌めかせる。ジュリアはため息をつきながら返した。
「……それは、さすがに」
「そうだね。君は嫌がると思ってた。だから、サイズがそれほど気にならない物を買って帰ろう」
「それこそアクセサリーでは?」
「市の物は安すぎるよ。彼のお眼鏡にはかなわない」
ジュリアは不思議そうにした。そんな彼女に向かって、サラリと言って。クリスは微笑む。
「メルヴィンを説得するのなら、純金の物を買わないと。大きな宝石もつけるべきだ」
柔らかな笑顔。だがその言葉は、今までで1番、貴族らしいものだった。シリルが一瞬、顔をゆがめる。
「今から行くのか」
低く、凄みのある彼の声。だが、それにも。
「いや、帰るときについでに買うよ。まだ日は高いしね」
クリスは穏やかな調子を崩さなかった。溶けかけの氷を口に入れて、彼はイスに寄りかかる。
「ここが好きなのはウソじゃない。長くいたいと思うのは、当たり前だろ?」
ニコニコと笑う彼。その目を見られず、目線をそらしてシリルは呟く。
「そんな話は、どうでもいい。……聞いたオレがバカだった」
「ううん、思い出させてくれて良かったよ。僕たちはまだ、表向きの顔を保たないといけないからね」
彼の気も知らず、クリスは笑みを深めている。その、優しい声に。シリルはどこか、安心したような顔をした。
(……本当に、人たらしだな)
一連の流れを、横で見ているだけだったジュリアは、その様子を見てもう1度ため息をつく。
(まあ、もう分かってたことだ。ようは俺が、引かなきゃいい)
彼女は彼の婚約者だ。その立場は唯一無二で、代わりはいない。
(俺はそれを利用してやる。クリスを守るのは、俺の仕事だ)
笑みをこぼして。シリルを見つめる彼の姿に、ジュリアは気合いを入れなおす。クリスはそんな彼女の思いには気づかず、緩やかな時間に身を任せた。




