第52話:祭りの前(後編)
「わかってるよ」
クリスは穏やかな声で返した。娘は安心したように笑って、部屋を出ていく。扉が閉まるのを見届けて、シリルはため息をついた。
「……まったく、アイツは……」
「ふふ。仲良しだね」
フードを取ったクリスが、ニコニコと笑いながら言う。彼は一口サイズに切られたフルーツをつまんで、口に入れた。幸せそうな顔をして口を動かす王子の姿に、目を奪われながら。ジュリアはジュースに口をつけた。
「……美味しいですね」
甘酸っぱい味が、口の中に広がっていく。皿に盛られているフルーツも、似たような甘い味がした。
「でも、その。……こう言ってはなんですが、塩味のものも欲しいです」
「うん、いいんじゃない? 頼めば持ってきてくれると思うよ」
クリスは笑いながら言って、立ち上がった。窓に近づいた彼は、外を見ながら話を続ける。
「……だけど、ほら。外には出店もたくさんあるし、食べ歩きもできそうだから……。今はあまり、たくさん食べるべきじゃないかな」
「それは確かに」
ジュリアは納得して、フルーツをもう1つ口に入れた。シリルが立って、ドアに近づく。
「……そろそろ市が開くぞ。行くか?」
「あ、待って。これ、食べてから行くよ」
クリスはそう言って、立ったままフルーツを口に運んだ。シリルは黙って、彼を待つ。ジュリアはそれを見て、苦笑を浮かべた。
(まあ、俺たちの中身は日本人だからな)
出された料理は、できれば残したくない。そんな気持ちで、2人は手を進める。シリルはジッと、クリスの顔を見つめていた。
「……よし。食べきりましたし、外で何か買いましょうか」
やがて、皿とコップを空にしたジュリアが口を開く。彼女はクリスと共に、フードを被って外に出た。廊下から階段に移動して、3人は店の外に出ていく。酒場の娘が、彼らを笑顔で見送った。
「僕らの分は、自分で払うよ」
硬貨の詰まった革袋を取り出して、クリスが微笑む。シリルはそれを見て、不満そうな顔をした。
「……まあ、いい」
何か言おうとして、けれどそこで、楽しそうなクリスの様子を見たことで。シリルは言葉を飲みこんだ。
宿の外に出た3人は、人ごみに紛れて出店に向かう。店からは、食欲をくすぐる香りが漂ってきていた。
「とりあえず、これでも買うか」
そのうちの1つ。串に刺した焼肉を売っている店の前で、シリルが立ち止まる。彼はクリスから預かった袋を店主に渡して、淡々とした声を出した。
「串を3つ」
「あいよ。じゃあ、このくらいかね」




