第48話:メルヴィンの思い
ジュリアの兄……メルヴィンは、妹の変化には気づかなかった。
「……では、また明日。おやすみなさいませ、お兄様」
頭を下げて、ジュリアは自室に戻っていく。その後ろに、黙ってついていくポウムを見ながら。
(春の祭り、か……)
メルヴィンは目を細めて、考えこんだ。
(いっそクリスが、ジュリアの婚約者でなければ。……いや。たった1人の、王子でなければ良かったのに)
幼いころから一緒に遊んでいた子供の顔を思い浮かべて、彼は深いため息をつく。窓に近づいて、彼は夕日に沈む城を見つめた。
(懐かしいな)
昔は父に連れられて、何度も訪れていた場所。年の近い王子の遊び相手に選ばれても、初めはそれほど乗り気ではなかった。
『痛っ……』
その気持ちが変わった日のことを、メルヴィンは今でも覚えている。バラのトゲが指に刺さって、目に涙を浮かべていたクリスの顔は、この世の何より美しかった。
(もっと、色んな表情が見たかった。できれば、僕の手で泣かせたかったのに……)
そういうわけにもいかなかった。彼が傷つけば、王宮が騒がしくなる。あの時もそうだった。ケガをしたクリスを見て、使用人たちが集まってきて。メルヴィンは後から、父に呼び出されて怒られた。
『お前がついていながら、みすみす……! 良いか、メルヴィン。お前はグラファ家の跡取りなのだ。我らが王家との繋がりを強くするためには、王子を守らねばならんのだぞ!』
『……はい。ごめんなさい、お父様』
それまで彼に甘かった父から、強い口調でしかられた。そのとき彼は、痛感した。愛らしく美しい同い年の子は、自分などより、ずっと大切に扱われる存在なのだと。
『別に、メルのせいじゃないのにね』
幼いクリスはそう言って笑った。けれどメルヴィンはそれを見て、何も言えなくなってしまった。
(……違う。僕が本当に見たいのは、この顔じゃない)
彼は王子だ。だから傷をつけてはいけない。守らなければならないのに。
『……ごめんね、クリス』
その言葉にこめられた意味は、どこまで彼に伝わっていただろう。
(できることなら、こんな思いには気づかれたくない。僕と君は、友人のままで……。そうであれたら、どんなにいいか)
遠くにそびえる大きな城。その姿は、今も昔も変わらない。
(クリス。僕の親友。……ジュリアと結婚したら、君は僕の義理の弟になる。そうしたら、もっと……)
近づけるだろうか。少しくらい、傷をつけても許されるだろうか。そんなことを考えながら、メルヴィンは外を見続けていた。




