第46話:帰宅(後編)
「……では、クリス様。少し時間は早いのですが、私はもう帰ろうと思います。この子を連れて」
「分かった。馬車の手配をするよ」
そう言ってクリスは部屋から出ていく。ポウムが困ったような顔で、ジュリアを見た。
「あの、すみません……」
「いいのよ。……あなたには、むしろ私から謝らなくてはならないわ。家に帰ったら、私はあなたをこき使うから」
「……お兄様とお父様の目があるから、ですね?」
ポウムは驚かず、言葉を返した。ジュリアが目を丸くする。
「どうしてそこまで……」
「私は新人ですけど、グラファ家のウワサは聞いていましたから。他の貴族と同じ、いえ、それ以上にひどい扱いを受けることもあるって」
そこで言葉を切って、彼女は真顔になる。その目は変わらず、まっすぐジュリアに向けられていた。
「あなたにイジメられて追い出された、前の部屋つきの子。私の友人だったんですよ」
その言葉に、なんと返せばいいのか。彼女が迷っている間に、馬車の用意を終えたクリスが戻ってくる。
「ただいま、ジュリア。さあ、こっちに……」
差し出された手を、彼女は取れなかった。彼は疑問符を頭に浮かべる。
「何かあった?」
「いえ、その……ポウムの友達のことを聞いて」
ゲーム設定を知っているクリスは、それだけで状況を把握した。笑みを深めて、彼は告げる。
「その子は君のところで働くのが嫌になって辞めたんだから、気にしなくてもいいよ。手の火傷はただの口実だ。そうだろう、ポウム?」
「……まあ、はい」
舌を出して、彼女はしてやったりという顔をする。
「ダメですよぅ、ジュリア様。私たちは、貴族の方々を騙すのだけは上手いんですから」
「……もしかして、前の子はまだ、別のお屋敷で働いてるの?」
「ええ、もちろん。……手がちょっと火傷したくらいで、仕事を休んだりしませんよ、私たち。ただ、ケガをしたから、その分多くお金をもらいたかっただけです」
得意げな笑みを浮かべるポウムと、壁に寄りかかって立ち、目を閉じているシリル。2人を見比べて、ジュリアは察した。頭のいい庶民は、世間知らずな貴族たちを利用することもあるのだと。
(……でも、それがなんだっていうんだ。余った金で趣味の悪い家具を買うより良いだろ)
そう思って、ジュリアは笑う。クリスも多分、同じことを考えていると、彼女は信じていた。
「……どうでもいいわ、そんなこと。もうあの子はいないもの」
だからジュリアはそう言った。ポウムは満足そうに笑う。クリスが2人を先導するために立ち上がり、部屋の戸を開けた。
「さあ、行こう」
その言葉に誘われて、ジュリアはポウムと共に部屋を出ていく。シリルは相変わらず、壁際で目を閉じたまま立っていた。




