第45話:帰宅(中編)
(気をつけるって、いったい何を?)
不思議に思って、クリスは首をかしげた。その姿を。
(……何を話されているのかしら)
ポウムは押し開けたドアの隙間から見ていた。彼女の主人は、使用人と共に机を囲んでいる。小部屋にいた状態では、その声はあまり聞き取れない。
「……あっ」
声が聞き取りやすい位置に移動しようとして、ポウムはうっかりドアを押しきり、部屋から出てきてしまった。3人の目が、彼女のほうに向けられる。
「誰だ」
シリルがイスから立ち上がる。彼はツカツカと、ポウムの元まで歩いていった。
「……あっ、あの、私は……」
転んだポウムが、顔を上げて彼を見る。男は彼女を見下ろして、冷たい声で聞いた。
「王宮の侍女か? なぜそんなところにいた。答えろ」
「待って、その子はジュリアの部屋つきだよ。実家から一緒に連れてきたんだ」
震える主人公を見て、クリスは慌てて口を挟む。シリルはため息をついて、床に伏せたまま顔だけを上げているポウムを見た。
「……ということは、お前はグラファ家の召使いか」
「は、はい。盗み聞きして、すみません……」
ポウムがゆっくりと体を起こす。クリスも席を立って、彼女を助けるために近づいてきた。
「大丈夫? ほら、僕に掴まって」
ニコニコと笑って、彼はポウムの体を支える。彼女は顔を赤くしながら、彼の手を取って立ち上がった。
「あ、ありがとうございます、クリス様」
「気にしないでいいよ。……ごめんね、怖がらせちゃって」
微笑む王子と、召使いの娘。その並びを見ながら、ジュリアは不安げな顔をしていた。
(これ、王子の個別イベントか?)
そう思いながら、彼女は彼に声をかける。できるだけ、自然に聞こえるように。
「……あの、クリス様。そのあたりでよろしいのでは? ポウムは誰かれかまわず、話をするような子ではないでしょう」
「そうだね。僕も彼女のことは信じている。いいかい、ポウム。ここで見たことは、誰にも言ってはいけないよ」
王子の言葉に、召使いは何度もうなずく。シリルは相変わらず、冷たい表情をしていた。
「……まあ、距離が遠かったし、ほとんど聞こえてねえだろう」
そう言って、彼は壁際に移動する。クリスはポウムを、ジュリアのところまで連れてきた。彼女は少し複雑に思いながらも、召使いを引き取って言葉を落とす。
「……また、お祭りの時に話しましょう。今度は2人きりで」
「うん、もちろん。君の話なら、いつでも聞くよ」
王子だけ、状況を理解せずに微笑んでいる。とはいえジュリアも、ここで全てを伝える気はなかった。




