第44話:帰宅(前編)
「もうすぐ、祭りがあるだろ」
「……ああ、春の。風の神の祭りだね?」
中世ヨーロッパと、1つだけ違う点。この世界には、四季がある。そしてこの国では毎年、地水火風の神様に祈りを捧げるために、祭りが開催されるのだ。
(もっとも王宮では、それはただの建前だけど)
誰も神の姿を見たことはない。地方の村ではその存在が信じられているところもあるが……。王都の、特に貴族たちにとって、それは数あるパーティの1つでしかなかった。
「……街のお祭りはどうなのでしょうね」
彼女はポツリと言葉を落とす。シリルが笑って口を開いた。
「庶民の贅沢は禁止されてるが、そんな中でも皆で努力して、特別な日にしようとしてるぞ。興味があるなら、行ってみるか?」
ジュリアは黙ってクリスを見た。彼は考えこみながら、口を開く。
「……さすがに僕は、祭りの当日には抜け出せないな。ジュリアもだ」
「そうか」
シリルの表情は変わらなかった。その返答は、予想していたのだろう。
「ならせめて、市場が開かれているうちに来ておけ。オレが案内してやる。アンタが好きなあの店でも、祭りのときしか出さねえ料理や酒を、今から用意してるしな」
「それはいいね。ぜひ、お願いするよ」
穏やかな会話。それを静かに聞いているジュリアに目を向けて、クリスは続ける。
「……それと、そろそろ君は帰るべきだ。あまり長く王宮にいると、メルに怪しまれかねないからね」
それまでと同じ、柔らかい声音。だが、その言葉は。
「……そう、ですね」
彼の側を離れたくないジュリアにとっては、鋭い刃と同じだった。そうとも知らず、クリスは微笑む。
「僕のことなら大丈夫。シリルとも仲良くなれたから」
(その男が1番危険なんだろうが! 別の意味で!)
彼女は思わず、叫びかけた。本当に彼は危機感がない。
(BLとか読まなかったのか? オタクなら……。いや、読んでたとしても、自分にそっちの趣味がねえなら気づかねえか)
そしてジュリアは、未だにクリスの中身が男であると思いこんでいた。彼は彼で、迷っている彼女を見つめて。
(何を気にしてるんだろう。原作に、私とシリルのイベントなんてないのにね)
と、少しはずれた思考をしている。中身がもれ出て、意図せず女性らしく見えていることにも気づかずに。クリスはニコニコと笑って話した。
「夕方ごろに、馬車で家まで送ってあげるよ。お祭りの時期に、また会おう」
「……そうですね」
彼に近づくシリルを、変わらず警戒しながらも。その提案には逆らえず、ジュリアはうなずく。
「どうか、お気をつけて」




