第39話:そういうもの?(中編)
「……あれ、なんでだろ。分かってたはずなのに……」
クリスティアンの中にいる日奈は、主人公になりたいと思っていたわけではなかった。
ただ、クセのあるストーリーとキャラクターが大好きだっただけで。転生したときも、クリスティアンになれたことを、心の底から喜んでいた。けれど。
「……違うんだ、これは」
気づけば目から、勝手に涙がこぼれてきて。彼はイスに座りながら、服のソデで目元を拭った。
(同じイベントが見られなくて、寂しい、なんて。そんなの当たり前のことなのに)
何度もやり直したゲーム。何度もたどったストーリー。だから転生しても、同じスチルを見られると思っていた。そんな自分に今更気づいて、彼は迷子のような顔をする。
「ごめん、僕……」
「……っ」
ジュリアの体は、考えるより先に動いた。立ち上がってクリスに近づき、彼女はその体を抱き寄せる。彼は抵抗しなかった。
「大丈夫だ。俺がついてる」
「……うん……」
クリスはジュリアにすがりつき、その肩に頭を置いて、静かに泣き続ける。彼女は彼が落ち着くまで、その背中をなでてやった。
(そんなに好きだったのか、このイベント)
ジュリアになった孝太は、弱々しいクリスの姿を見て、守ってやりたいという思いを強くした。
(くそ、男じゃなければ……。いや、でも。今は俺、女だからな……)
心のままに。彼女は彼に口づけようとする。2人の唇が重なる寸前に。扉が開いて、シリルが部屋に入りかけた。
「……わ、悪い。邪魔したな」
酒瓶を抱えた彼は、慌てて引っこもうとする。ジュリアはすぐに声を上げた。
「ああ、いいですよ。入ってください」
「そうか……? い、いや。お前らは好きにしていればいいが……」
シリルは困り顔で中に入り、扉を閉める。涙を目にためたクリスが、顔を上げて、彼のほうを見て言った。
「……なんでもないよ、気にしないで」
「……いや、その顔は気になるだろ」
持っていた瓶を机に置いて、彼は古い布でクリスの顔をゴシゴシとふいた。そして彼は持っていた布をジュリアに渡して、クリスの前にある陶器のコップに酒を注ぐ。
「ほら、飲め」
「……うん」
クリスはコップを両手で持って、柔らかい笑みを浮かべたまま、それに口をつけた。ゆっくりと酒を飲む彼を見下ろして、シリルはため息をつく。
「……何があったかは知らねえし、聞かねえ。が、オレはアンタのことを買ってるからな。酒で忘れられることなら、気にせずドンドン飲んでくれ」
「……そうするよ。ありがとう」
クリスは言って、酒を飲みほす。空いたコップに向けて、シリルはすぐに、持っていた瓶をかたむけた。




