第36話:酒場(中編)
「……フン。今はその言葉を信じてやる」
少し考えてから、シリルはそう言ってランプをつけた。小部屋は狭く、その中央には古い木製の家具がある。ランプの明かりは頼りなく、部屋のすみまでは届かなかった。
「そこに座れ。酒と食事を持ってこさせる」
彼は机にランプを置いて、部屋のカギを開ける。その様子を横目に見ながら、2人は小さな丸イスに腰を下ろした。
「……殺されるかと思いました」
シリルは扉を少し開けて、外にいる娘と話している。その動きに注目しつつ、ジュリアはクリスにだけ聞こえる声でささやいた。
「うん、僕も失敗したかと思った。そういえば元のイベントだと、彼の案内で来るところだったな……」
同じ声量で言葉を返して、クリスは少し力を抜く。その間に、娘との話を終えたシリルが戻ってきた。
「肉と酒を追加で頼んでおいた。……で、来てみてどう思ったんだ、王子サマは」
「……いい店だと思ったよ。王に支払う土地代が無ければ、もっといい店になるだろう」
「わかってるな」
シリルの目が、ギラリと光る。彼は口の端に笑みを乗せて、クリスティアンを見下ろした。
「テメエが今の言葉を忘れねえなら、オレも今日のことは誰にも言わねえ。フィリクスにもだ」
扉が開いて、娘が酒を持ってくる。彼女は陶器のコップを3つ、机に置いた。小さな机は、コップだけで半分埋まる。娘の手は震えていた。
「……ねえ、シリル。アンタがヤバいことに首を突っこんでるのは知ってるよ。だけど……」
「そこまでだ。親父さんにも言われてんだろ。オマエは余計なことを考えず、いつも通りの仕事をするだけでいい」
迷いながら話す彼女の、言葉の途中で割って入り、シリルはピシャリと会話を断った。娘は寂しそうな顔で、部屋から出ていく。
「……何も、そんな風に言わなくとも……」
ジュリアは思わず口を出してしまった。シリルは疑わしそうに、彼女を見る。
「お姫サマには関係ねえ。金にも困らず、食いもんだって捨てるほどある、アンタには。だいたい、アンタらにとっちゃオレたちなんて、いなくなっても困らねえだろ」
冷たく返されたその言葉からは、自分たちのことには関わってほしくないという彼の気持ちが、ハッキリと伝わってきた。ジュリアは黙ってコップを取る。その中に入っている酒は、ワインではなくエールだった。
(……お、うまい)
飲んだことのない酒に口をつけて、彼女は目を見開く。それは想像していたほど苦くもなく、飲みやすかった。




