第2話:ジュリア(男)とクリス(女)(前編)
「……ジュリア。こっちだ」
クリスティアンは心配そうな顔をして、婚約者を誘導した。
(どうしたのかな。こんなイベント、なかったけど)
彼には生まれたときから、前世の記憶があった。
全体的に評判の悪い乙女ゲーム、「Apple∮Gurafa」にもファンはいる。主にシリアス路線が好きな女子だが、佐藤日奈もその1人だった。
好きなゲームの推しキャラに転生したことを知って。彼女が狂喜乱舞したのは、14年前のことである。
「……あの」
過去の思い出にひたっていたクリスティアンの耳に、鈴の音のような声が届いた。
「ごめんなさい。せっかくのお茶会を、私のせいで……」
隣を見れば、か弱く美しい令嬢が、沈んだ表情を浮かべている。その姿を見て、クリスティアンは優しげに笑った。
「お気になさらず。お茶会は、またいつでも開けます。それも公的なものではなく、僕とあなただけの私的なつきあいなのですから。どうしてもとおっしゃるなら、部屋に新しくお茶とお菓子を持ってこさせますよ」
そこにいるのはアプグラの悪役令嬢、ジュリア。主人公を憎んで殺すルートもあれば、主人公から嫌われて攻略対象に殺されるルートもある、可哀想な美人だ。
このゲーム、主要キャラには全員、死亡エンドがある。それも容赦のない展開のものが多い。プレイヤーたちから、「そこまでしろとは言ってない」と言われるほどだ。
もちろんジュリアも例外ではない。なので彼女、もとい彼も、悪い印象は持っていない。
(むしろハッピーエンドにするには、彼女の協力が欠かせないもの。婚約破棄イベントは起こさないわ)
そのイベントは、王子ルートに入るためには必須だが、起こすと主人公とジュリアの間に亀裂が生まれてしまう。クリスティアンの中に日奈がいる今は、通る必要のないイベントだと。彼になった彼女は思っていた。
「……ありがとうございます」
だが。ジュリアの中にいる男子高校生、鈴木孝太にとっては別だ。彼は王子を嫌っている。なにせ、彼は姉から、何度も聞かされていたのだから。
(1番いいルートでも、王妃の部屋に永遠に閉じこめてくるような男、誰が好きになるんだよ!)
内心の怒りを隠して。彼はなんとか、クリスティアンから離れようとする。けれど女の体では、うまく力が入らなかった。
「……ジュリア?」
クリスティアンの中にいる日奈は、その様子を見て首を傾げる。ジュリアはクリスに出会ってから、ずっと彼しか見ていなかったはずだと思いながら。
「……早く部屋で休みたいんですね。もう少しだけ、我慢してください」
彼は穏やかに、彼女に向かって笑いかける。戸惑ったのは、むしろジュリアの方だった。
(……あれ? 俺、なんか間違えてるか?)




