第126話:深夜
「……ああ、分かった」
シリルの言葉を、クリスは真摯に受け止めた。ジュリアは胸をなでおろす。
(こいつも、これで落ちついてくれるだろ)
満足そうにしているフィリクスと目があう。笑みを深めて、彼は告げた。
「……さあ、クリス様。もう夜も遅いですし、今夜はお休みになってください。私たちは、隣の部屋にひかえています」
そう言って、フィリクスはシリルを連れていった。シリルはクリスのほうを見ながら、使用人が使う小部屋に、フィリクスと共に入っていく。小部屋のドアがパタリと閉まって、残されたクリスは、困り顔でジュリアを見つめた。
「……どうしよう」
「とりあえず寝る。後のことを考えるのは、起きてからだ」
彼女は彼の手を引いて、ベッドに連れていく。2人はそのまま、広いシーツに並んで横たわった。かけ布団の中に入って、彼らは手を繋いだまま、お互いの顔を見つめる。
「……まあ、結果的には良かっただろ。フィリクスがこちら側についてくれたんだから」
しばらくしてから、ジュリアが言った。クリスは視線を泳がせる。
「いや、その……。実は彼、かなり独占欲が強くて。対応を間違えると、とんでもないことになりそうなんだ」
「別にいいだろ。お前と結婚したのは俺だ。俺のことだけ見てればいい」
彼女はスパッと言いきった。彼が目を丸くする。
「……えっ」
結婚式をすることが先に決まって、気持ちは後からついてきた。それがクリスの考えだ。けれどそれは、どうやら違っていたらしく。
「フィリクスのことは気にするな。あいつだってわかってるさ。お前は俺の夫だって。恋心を自覚したとしても、それは表に出さないだろう」
ジュリアは先に進んでいた。彼を愛し、妻という立場を利用して、彼のことを守ると決めて。彼女は笑って、クリスの頭に手を伸ばす。
「だから、もういい。……お前は1人で抱えすぎだ。俺がそばにいてやるから、まずは休め」
「……うん」
頭をなでられて、クリスは安心したように笑った。そして目を閉じて、力を抜く。ジュリアは彼をなでるのをやめて、その体を抱き寄せた。
「……今まで、よく頑張ったな。誰にも話せなくて、大変だったろ」
クリスの中にいる日奈は、乙女ゲームが好きなだけのただのオタクだ。ゲームの世界に転生して、1人でハッピーエンドを目指して。仲間ができても、1人だったころのことを引きずっている。
「もう、いいんだ。俺たちのことを頼ってもいい」
眠るクリスに話しかけて、ジュリアもまた、目を閉じる。しばらくして、小部屋のドアがわずかに開いた。音を立てないようにして中に入ってきたシリルが、ついたままのランプを消す。そして彼は、再び小部屋に戻っていった。




