第121話:ポウムの話(前編)
(とはいえ、言ってもどうせ聞かないだろうな)
ジュリアとシリルは、同時に同じことを思う。
(それならついていけばいい。俺がいれば、無茶なことはしないだろう)
(姉さんと一緒に、兄さんをしっかり見ておかないと……。取り返しのつかないことになってからでは遅い)
2人が心の中でそんなことを考えているうちに、馬車がフィリクスの屋敷に到着する。3人は車から降りて、屋敷の中に入っていった。
「……ふう。それじゃ、1度着替えて休もうか」
クリスはそう言って髪どめを外した。長い髪が、フワリと広がる。
「ああ、そうだな」
ジュリアは椅子に座って、体の力を抜く。その目の前で、クリスは髪を結びなおしていた。
「……兄さんは、どこか行きたいところでもあるのか?」
シリルが彼に声をかける。クリスは笑顔でうなずいた。
「うん。ポウムとパットの様子が見たくて」
「……なら、俺も行くよ」
ジュリアはすぐに立ち上がる。シリルも黙ってそばに来た。
「服を着替えるなら、その後で手を繋いでもいいか?」
「いいよ」
クリスは何も気づかない。客室の棚のすみにあった、古い使用人の服を着て、ニコニコと笑っている。シリルはさり気なく、彼の右手……利き手のほうを掴んだ。
(明らかに、警戒してるな)
物陰で同じように着替えながら、ジュリアは目を細める。クリスティアンを守りたいという気持ちは、彼にもあった。
「……行きましょうか」
ボロ布を持って、彼女は物陰から出ていく。そしてクリスは、彼女から受け取った布を口もとに巻いた。ジュリアはその間に、ドアを開けて周りを見る。
「今日は結婚式の片づけで人も少ないですし、今のうちに動きましょう」
彼女の言葉にうなずいて、クリスはシリルの手を引きながら歩く。3人は誰にも見つからないように、裏門に向かった。
「こっちだよね」
門を抜けて、クリスは裏路地を進んでいく。路地の片すみに、人が数人ほど転がっているのが見えた。
(……多分、何もないとは思うが……)
ジュリアはこっそりと、懐に隠したナイフを握る。シリルも少し、繋いだ手に力をこめた。
(甘えただなぁ)
そしてクリスは、2人が彼を守ろうとして行動していることを知らない。そのため、特に思うところもなく、医者の家のドアを叩いた。
「はい」
ドアを開けたのは、老人ではなくパットだった。彼はクリスの顔を見たとたんに、何も言わずに招き入れる。
「……ああ、アンタか。また来るだろうとは思っていたよ」
そう言う医者の手には、おかゆが入った木の器があった。彼はベッドの上にいるポウムに、手ずからおかゆを食べさせている。
「少しは元気になったと思うが、この子はまだ休まなくてはならん。連れ帰ることは諦めてくれ」




