第110話:闇医者(後編)
「……すまなかった」
クリスティアンが頭を下げる。医者はポウムの手当てを終えて、彼女の体に毛布をかける。
「もう終わったことだ。アンタが何をしたところで、ワシは変わらん」
彼は塗り薬の入った丸い器を、パットに渡した。パットは指で薬を取る。
「……ああ、待って」
クリスはすかさず、彼の前にヒザをついた。
「鏡がないと、やりにくいだろう?」
そう言って、彼は小さな手鏡を取りだす。パットは泣きそうになった。
「……クリス様」
彼はポウムとパットのために動いている。それなのに。
「今まで申し訳ありません。僕はあなたのことを、誤解していました」
「気にしないで。この国の貴族が、君たちからどう思われているか……。僕はよく知っている」
クリスの目は、とても真剣だった。ジュリアが深いため息をつく。
「クリス様だけではありませんわ。私も、同じ考えで動いています」
「そうだ。……そしてオレは、お前たちのために革命を起こす」
シリルが低い声で言った。彼はパットを見すえて続ける。
「お前にその気があるのなら、オレたちと共に来い」
「……はい」
形が崩れるほど殴られた顔に、薬を塗りながら彼はうなずく。
「僕はあなたがたに協力します。ポウムのことを、お願いします」
「……ああ。元気になるまで、ここに置いていてやるよ」
年をとった医者が告げる。
「それで、どうなんだい。計画に変更はあるのかね?」
「……ああ」
シリルはまっすぐに、男を見た。
「オレはフィリクスと話してくる。……今回のことで、メルヴィンに気づかれたかもしれないからな」
「……メルと、何かあったの?」
クリスは目を細めて問いかけた。シリルが渋い顔をする。
「1度だけ、フィリクスといるところを見られたことがある。顔を隠していたから、オレの正体は知らないと思うが……声は聞かれたかもしれない」
「何だって……!」
クリスは目を見開いた。
「なぜ、僕に話してくれなかったんだ」
「フィリクスもオレも、お前を信用していなかったからだ」
シリルは冷たい目をしている。冷えきった声が、部屋に落ちた。
「そこにいるのは誰だ? あのグラファ家の、令嬢だろう。この国で唯一の公爵家。王家を裏から操ってる、本当の支配者だ。そんな家の娘を守っている男が、信じられると思うか?」
クリスは何も言えなくなった。ジュリアの顔が、青白くなる。そんな2人を見て、シリルは自分を責めるように眉をよせた。
「……だが、その考えは間違っていた。ここまでお前らに付き合ったんだ。そんなことはわかってる。この国を変えよう。オレたちの手で。オレは、そのためなら命だって賭けられる」




