第109話:闇医者(前編)
ぐったりとしたポウムを抱えて、クリスティアンは階段を上る。その後から、ジュリアとパットがついてきた。太陽は少し傾いている。
屋敷の裏口から出たシリルは、建物の影になっている道を通って、小さな家にたどり着く。シリルは目の前のドアを叩いた。
「……誰かね?」
ドアが少しだけ開いて、しわがれた声が聞こえてくる。シリルは暗い隙間に向かって声をかけた。
「オレだ。シリルだ」
ドアが動く。向こうがわにいたのは、杖をついた白髪の老人だった。
「なんだ、お前さんか。……そこの男は?」
老人は、ジロリとクリスたちをにらむ。
「王子とその婚約者だ。金払いはいいぞ」
シリルの声音は変わらない。彼はパットの腕を掴んで、前に出す。
「アンタに診てもらいたいのは、こいつらだ。貴族に雇われてる医者じゃ、まともな治療なんざしてくれねえ。……頼む、爺さん」
シリルはそう言って頭を下げた。老人は黙って彼を見ている。
「お願いします」
クリスはシリルの横に立って、彼と同じように頭を下げた。それを見て、老人はわずかに目を見開く。
「……そうかい」
彼は杖を床についた。カンと高い音が鳴る。
「入ってきな。言っとくが、ワシのところは高くつくぞ」
彼はクルリと身をひるがえして、家の中に戻っていった。
シリルはパットの背を押しながら、彼の後を追う。クリスも顔を上げて、建物の中に足を進めた。最後に家に入ったジュリアが、ドアを閉めてカギをかける。
「治療費は言い値で支払います」
クリスはポウムをベッドに寝かせて、懐から金貨の詰まった袋を出した。老人は机に置かれた袋を見ずに、ベッドに近づいてポウムを見下ろす。
「衰弱と打撲痕だね。武器はムチか。ひどいことをするもんだ」
彼のまなざしはとても優しい。老人はポウムの服を脱がせて、塗り薬を取り出した。パットが顔を赤くして目をそらす。
「アンタも後で塗るんだよ」
ミミズ腫れに、薬を丁寧に塗りこみながら彼は告げた。クリスは泣きそうな顔をして、傷だらけのポウムを見つめる。
「……元気になるまで、ここに置いていただけますか」
「当たり前だろう。ワシが1度、診ると決めた以上、その2人はワシの患者だ。途中で手を離すことはない」
穏やかな声で、老人が答えた。彼はポウムの体に包帯を巻きながら続ける。
「だけどまあ、アンタの気持ちは受け取った。……ワシは本当は医者じゃない。税を納められなくなって、免許を取り上げられたからね。だからワシは国が嫌いだ。貴族の横暴も許さない」
淡々と語る彼の言葉は、ある意味では、予想どおりのものだった。




