第107話:地下牢(前編)
食料庫の裏。隠し階段の下から、ムチの音が聞こえてくる。
「お願い、です……! もう、やめて……」
か細いポウムの声を耳にしながら、クリスは階段を駆け下りた。
「……おや」
ムチを持った金髪の男……メルヴィンは、クリスの姿を見て手を止めた。
「どうしてここに来られたのかな」
彼の目の前には、ボロボロの服を着たポウムが倒れている。服の隙間からのぞく肌には、赤いミミズ腫れができていた。
パットはその横の牢に入れられている。彼は涙と鼻水で汚れた顔で、牢屋の扉を掴んでいた。叫びすぎたのか、その声は掠れていて聞きとれない。
「……何を、している」
クリスは怒りを抑えようとして、拳を握る。メルヴィンはその姿を見て、子供に言い聞かせるように告げた。
「おしおきだよ。僕は彼らの主人だ。何をしてもいいだろう?」
「その子は私の部屋付きです」
ジュリアがクリスの横に立つ。彼女は兄に、冷たいまなざしを向けていた。
「……驚いたな」
そう言いながらも、メルヴィンの表情は変わらない。
「君が使用人を庇う日が来るとは。誰に影響されたんだい?」
「お兄様にはおわかりでしょう」
だって、と。薄く笑って、ジュリアは続ける。
「あなたは彼を待っていた。ポウムへのおしおきは、ただの口実に過ぎません」
メルヴィンが、彼女と同じ顔をする。兄妹なだけあって、その表情はよく似ていた。
「さすがだ、ジュリア」
凍りついたまま、苦しげに顔をゆがめるクリスを見ている。その笑顔が、ゲームのスチルと重なって。
(……そういうことか)
彼はようやく理解した。震える体を、意志の力だけで制御する。
「……メルヴィン・グラファ。お願いだ……」
メルヴィンの前でヒザをついて、クリスは彼に手を伸ばす。目はそらさない。悲しみに揺らぐ青い瞳を向けられて、彼は嬉しそうにした。
「…………しかたないな」
ムチを手放して、彼はクリスの手を掴む。
「この2人は、君にあげよう。その代わり……」
手を引かれる。2人の顔が近づく。メルヴィンは、そのままクリスに口づけた。
「なっ……!」
シリルが怒りの声を上げる。ジュリアも叫びそうになった。メルヴィンは気にせず、クリスだけを見つめている。
「代金はもらうよ」
「……本当に、君は僕のことが好きなんだな」
クリスがつぶやく。泣きそうな声で。
「いいとも。……親友として、僕が君にあげられるものはこのくらいだ」
「おや、嬉しいな。まだ、僕を親友と呼んでくれるのか」
メルヴィンは、楽しそうに話している。ジュリアは彼をにらみつけた。
「……お兄様」
スタスタと歩いて、彼女はクリスの腰に腕を回し、無理やり引きはがそうとする。
「婚約者の前で、よくもそんなことができたものね」




